暴力的伝統によるのか?

歴史上中国が血なまぐさい衝動に駆られたのは、世界の他の地域と同じように宗教という媒体を利用して起こされたものでした。中国の2つの偉大な伝統である、儒教道教を隔てるのは、理論的相違、あるいは項目ごとの対立というよりむしろ、孔子の側は社会と合理性を強調し、道教の提唱者である老子のほうは個人と直感性、感性、さらに言えば非合理性を強調したところにありました。ほとんどの中国人のなかでこの2つの中国的性格の面が共存しているのです。

画像:Wikipedia

 

危機が訪れる瞬間には、最も恵まれない人々や、最も窮地に立った人々のあいだでは道教が優位を占めて、儒教の拠点である知識人のピラミッドにほかならない国家へ攻撃を仕掛けることがありました。終末思想と救世主思想をいだく宗派に触発された数多くの反乱がです。歴史上では、184年の道教の影響下にある太平道によるの黄巾の乱、515年の法慶を指導者とする弥勒教徒の反乱、1120年の方臘を指導者とするマニ教徒の反乱、1351年の白連教の乱(紅巾の乱)、1813年の八卦教の乱(天理教(奈良の天理市にある天理教とは別物)=白連教の一派)など。これらの運動は似かよっていて、道教と民衆仏教の混淆(こんこう)形態をとり、弥勒をしばしば前面に押し出しています。この未来の仏陀は贖罪主として到来するのですが、これは「旧世界」の全面的破壊によって実現されるはずでした。同時に選ばれたエリートとしての信者たちはこの予言の実現に手をかし、弥勒による救済を待たなければならないのです。

中国では、道徳総体が家族の義務の尊重に基礎を置いています。もし、家族間の義務が投げ捨てられれば、すべてが許されることになります。そのとき家族の代役を務める宗派は個人を完全な支配下に置きくのです。他の人々はすべての彼岸での地獄行きーこの世での非業の死ーを約束されます。402年のように役人達は細切れに切り刻まれ、、もし彼らの妻子がその肉を貪り食うのを拒みでもすれば、自分たち自身が手足を切り取られることになりました。1120年には、虐殺が数百万人にもおよび、いっさいの価値が転倒しました。1130年のある布告によれば、人々を殺すことは仏法(ダルマ)を実現させることと言われました。殺人は憐憫(れんびん)の行為であり、なぜなら精神を解放するからとされたのです。盗みは平等へと人々を引き寄せ、自殺は望ましい幸福であったのです。自分自身の死が恐怖に満ちたものであればあるほど、与えられる報いは大きくなるだろうと、言われました。

参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第二部 アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ
第一章 中国
暴力的伝統によるのか?

ナチズムの犠牲者約2500万人に対し、共産主義により殺された人数は1億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか?

共産主義黒書 第一部はこちら Crescendo

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