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都市:「サラミ戦術」と財産没収2

1949年に台湾と香港への流出を遅らせる為に赦免された国民党の元政治家・軍事幹部は2年も経たたないうちに殺されました。刑法の制定も弾圧を容易にするのに貢献し、「反革命分子」と「現行反革命」と「歴史的反革命」に区別し後者をも罰することにより、犯罪遡及(そきゅう)の原則を導入したのです。さらに犯罪を犯していない被告人を、「類推」によって裁くことも可能となりました。(遡及=法律や法律の要件の効力が、法律の施行や法律の要件の成立以前にまで、さかのぼって及ぶこと。過去にさかのぼって、効力を及ぼすこと。)

1957年に毛沢東地震が、この期間に一掃された反革命分子とおして80万の数字を挙げています。都市での処刑件数は少なくとも100万人の大台に達しました。都市においてこそ抑圧が最も厳しく、250万人が「労働強制所」に拘留されました。都市での粛清の形態は実際のところ、ソ連で行われたような秘密のベールに包まれたやり方と異なっていたのです。

労働者は街道委員会の指導のもと、資本家に対し帳簿の公開、批判の受け入れ、自己批判の実行の強制、さらに国家の管理の受け入れを強制しました。資本家がそれを受け入れれば調査グループに参加して同僚を密告するように勧められ、そうでなければ、事態は最初の段階からやり直しとなるのでした。知識人にたいしても、ほぼ同様でした。「服従と再生」の集会に参加して、自分の中に住み着いた「古い人間」を、その疑惑や自立的思想ともども殺したことを見せなければなりませんでした。彼らから逃れる手段は何一つなく、ーーーー伝統に忠実に選ばれた解決策としての自殺だけでした。

企業長は1951年以後、帳簿を公開せざるを得なくなり、1956年にはささやかな終身年金と時には旧会社の技術顧問のポストとひきかえに会社の集団化を「提案」されました(のちの文化大革命は否認されました)。中小企業の経営者は、何もかも巻き上げられて自殺することがしばしばでした。大企業の経営者の扱いは、海外ネットワークの絆を彼らが握っていたので、まだましでした。

参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第二部 アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ
第一章 中国
土地改革と都市での粛清(1946ー1957)
都市:「サラミ戦術」と財産没収


ナチズムの犠牲者約2500万人に対し、共産主義により殺された人数は1億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか?

共産主義黒書 第一部はこちら Crescendo

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このページは、倉橋正幸が2010年3月 4日 05:45に書いたブログ記事です。

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