弩と鉄砲1 簡単な(武器で)国家樹立 - 流水成道blog

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弩と鉄砲1 簡単な(武器で)国家樹立

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弩と鉄砲について、3回連続で記事を書きます。

第1回目は、弩と鉄砲の歴史について。

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古代の日本では、大和朝廷が各地の豪族をまとめて統一政権を立ち上げました。

その大和朝廷の主力の武器が弩(ど、いしゆみ)でした。

 

弩とは、弓を台の上に乗せ、引き金を取り付けたものです。

元々は、狩りに使われていましたが、古代の中国で武器として発展しました。

中国は北方の草原から騎馬民族が侵入しやすい土地です。

騎馬民族に対抗するため、騎馬隊を国境に置けば、独自勢力になって軍閥化して首都に攻め込んでくる危険があります。

そのため、騎馬隊は首都の近くに置いて監視しなければいけません。

国境では歩兵を置いていて、その歩兵に持たせた武器が弩でした。

 

弩の最大の特徴は、ほとんど訓練しなくても使えるということです。

普段は農民ですが、敵が攻めてきたときだけ弩を持たせれば充分な戦力になりました。

このように古代中国では弩が発達しましたが、特に優秀な弩を開発したのが秦の国です。

秦は優秀な弩を使って中国全土を征服し、中国で初の帝国を作りました。

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秦は3代で滅びましたが、その秦の始皇帝の子孫が朝鮮半島に辰韓という国を作ります。

その辰韓が新羅に圧迫され、応神天皇が船を出し、辰韓は国家丸ごと日本に亡命しました。

この時の辰韓の国民が秦氏であり、辰韓の王が弓月君です。

秦氏は、養蚕、機織、酒造、土木などの技術を日本にもたらしましたが、弩も伝えたと考えられます。

 

弩の製造方法は、大和朝廷の最高機密として管理され、国家の倉庫以外の弩の保有は禁じられました。

この弩が、坂上田村麻呂の蝦夷との戦い等に活躍しました。

また、新羅と内通した豪族に、弩の製造方法を盗まれるという事件もありましたが、新羅に伝えられる前に阻止されました。

大和朝廷は、国内を統一し、中国や朝鮮との戦争もほとんどなくなり、平和になったため、軍縮を行い、弩はあまり使われなくなりました。

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時代が変わり、戦国時代に織田信長が鉄砲を大量に集めた理由は、大和朝廷が弩を保有していたのと同じです。

鉄砲は訓練しなくても強い武器でした。弩と同じです。

農民出身など、戦闘訓練をしていない兵士でも鉄砲を使えば、敵を倒すことができました。

鉄砲や弩は引き金を引くだけですが、槍や弓は長い訓練が必要です。

信長は暗殺がなければ、日本を統一していたと考えられます。

つまり、鉄砲や弩のように簡単で強い武器を揃えれば、秦や大和や織田信長のように国家を統一することができるということです。

 

松浦彰夫 拝

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このページは、松浦彰夫が2014年12月 7日 02:15に書いたブログ記事です。

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