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    <title>流水成道</title>
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    <subtitle>水は流れ、川を造り、道と成ります。一滴一滴の水は微かでも、無限の可能性を秘めています。
エネルギー、環境、政治、経済、社会などの問題を考え、新しいモデルの提言と構築を行なうブログです。</subtitle>
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    <title>史上最大の飢饉（１９５９ー１９６１）</title>
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    <published>2010-03-12T08:30:55Z</published>
    <updated>2010-03-12T08:22:39Z</updated>

    <summary><![CDATA[イベント開催&rarr;クリック「少なくとも毛沢東は一人一人の中国人に茶碗一杯の...]]></summary>
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        <name>倉橋正幸</name>
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<![CDATA[<p><a href="http://never-say-die.net/2010/02/post-158.html">イベント開催&rarr;クリック</a></p><p>「少なくとも毛沢東は一人一人の中国人に茶碗一杯の飯を与えることに成功した」という間違った神話があります。歴史を通じてまれに見る規模の、農民に課せられた努力にもかかわらず、ほとんど変化は起こることはありませんでした。とりわけ毛沢東と彼がつくりあげたシステムは、あらゆる時代とあらゆる国をひっくるめても、最大多数の死者を出した飢饉として今に残り続けている出来事に対して責任があるのです。<br /><br />毛沢東の目的が同朋を大量に殺すことではなかったとしても、飢え死にした数百万の人々のことを、毛沢東は気遣うことはしませんでした。この時期の彼の主な気がかりは、彼自身が糾弾される可能性があると知っていた現実を最大限に否認することでした。共産党指導部の、とりわけその主席の、経済分野における無能力、国に関する誤解、思い上がりのなかでの孤立、主意主義的なユートピア主義を強烈に出していました。<br /><br />１９５７年の豊作に力づけられた毛沢東は気の進まない農民にたいして、大躍進の諸目標を、さらに１９５８年には大躍進に到達する手段と想定された人民公社をも、提案し押し付けたのでした。この大躍進政策とは、「三年間の努力と欠乏、千年間の幸福」をスローガンに、きわめて短期間で農民の生活様式を一変させる企てでした。具体的には、農民は数万家族に編成され、食事から、すべてが共同のものになり、また、新しい耕作方法により、農業生産を飛躍的に発展させるという企てでもありました。<br /><br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />史上最大の飢饉（１９５９ー１９６１）<br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br />共産主義黒書　第一部はこちら<a href="http://a-meet.net/crescendo/"> Crescendo</a></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-243.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-243.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-243.html" alt="はてなブックマーク - 史上最大の飢饉（１９５９ー１９６１）" title="はてなブックマーク - 史上最大の飢饉（１９５９ー１９６１）"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 史上最大の飢饉（１９５９ー１９６１） http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-243.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-243.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-243.html" alt="retweets - 史上最大の飢饉（１９５９ー１９６１）" title="retweets - 史上最大の飢饉（１９５９ー１９６１）" /></a></p>]]>
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    <title>佐賀イベント準備中</title>
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    <published>2010-03-09T16:32:51Z</published>
    <updated>2010-03-09T16:32:51Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;３月１４日の佐賀イベント、吉野ヶ里歴史公園ジョギング会の準備を進めて...]]></summary>
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        <name>松浦彰夫</name>
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<![CDATA[<p>&nbsp;<a href="http://suisobunmei.com/pukiwiki/index.php?%BA%B4%B2%EC%A5%A4%A5%D9%A5%F3%A5%C8">３月１４日の佐賀イベント</a>、<a href="http://never-say-die.net/cat1/cat22/">吉野ヶ里歴史公園ジョギング会</a>の準備を進めています。</p> <p>１つ目、ジョギング用の靴を買いました。走り慣れていない人は、クッションが厚いものが良いようです。トップランナーは少しでもタイムを縮めるため軽い靴を履くみたいですが、まず怪我を減らす事を優先しました。<a href="http://sannka.info/ed/?p=136">ランニングで怪我をするのは膝が多い</a>ようです。経験では、膝が着地時にブレると負担が増える気がします。奇麗な姿勢で走りたいものです。</p> <p>２つ目、車で行きますので、スタッドレスタイヤに換えました。静岡の平野部で住んでいるとほとんど雪が降らないため、スタッドレスでなくても問題ないですが、佐賀へ向かう途中の関ヶ原などは雪が多い道路ですので、念のためです。タイヤ屋さんに聞いたところ、３シーズンくらいは保つそうです。</p> <p>３つ目、目的地と道路の調査。佐賀への道と所要時間を<a href="http://maps.google.co.jp/">google map</a>のルート・乗り換え案内で調べました。車のカーナビでも分かります。技術の進歩はありがたいですね。周辺の史跡・観光地にも行くつもりですので、一通り調べました。</p> <p>４つ目、宿泊の予約。<a href="http://www.jalan.net/">じゃらん</a>で調べました。インターネットが出来る所とか、条件をつけて調べられるのがいいですね。</p> <p>１２日の夜から車を走らせて、１３、１４、１５日と観光。１５日の夜に戻る予定です。どこに行くかは行ってから報告します。写真を撮ってきますので写真で発表です。</p> <p>&nbsp;</p> <p>松浦彰夫　拝</p> <p><object width="480" height="385"> <param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/8gcbFTptALE&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1&amp;" /> <param name="allowFullScreen" value="true" /> <param name="allowscriptaccess" value="always" /><embed src="http://www.youtube.com/v/8gcbFTptALE&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1&amp;" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object></p><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=8gcbFTptALE"><span style="font-size: 90%; "><em>YouTube - 第35回駿府マラソン　ハーフマラソン往路</em></span></a></p> <p>&nbsp;</p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-242.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-242.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-242.html" alt="はてなブックマーク - 佐賀イベント準備中" title="はてなブックマーク - 佐賀イベント準備中"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 佐賀イベント準備中 http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-242.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-242.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-242.html" alt="retweets - 佐賀イベント準備中" title="retweets - 佐賀イベント準備中" /></a></p>]]>
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    <title>都市：「サラミ戦術」と財産没収3</title>
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    <published>2010-03-04T21:16:27Z</published>
    <updated>2010-03-04T21:30:15Z</updated>

    <summary>弾圧は苛酷なままままに続き、１９５５年には新たなキャンペーンとして「潜行反革命分...</summary>
    <author>
        <name>倉橋正幸</name>
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<![CDATA[<p>弾圧は苛酷なままままに続き、１９５５年には新たなキャンペーンとして「潜行反革命分子粛清運動が（略して粛反）が行われました。とりわけ知識人を対象にしており、ある情報筋では８万人が逮捕されたといい、別の情報筋は７７万人が死んだといいました。あらゆる整風運動がそうであったように、まず、自然発生的な発言ともっとも広汎な不賛成の意思表示とを掻立てておいた上で、つづいて「悪い思想」を露にした連中を粉砕するというものでした。<br /><br />毛沢東主義社会が真に形成されたのはこの時です。文化大革命のときでさえ、社会を不安定化させたのは一時的に過ぎなかったのです。毛沢東主義社会の基礎は、自身の金言「階級闘争をわすれるな！」にあると言っていいでしょう。実際、この社会ではいっさいが、農村では土地改革のキャンペーンとともに、都市では１９５１年の「大衆」運動キャンペーンとともに開始され，１９５５年頃になって初めて完成をみた、個人へのレッテル張りの全般化に基づいていました。きまぐれな社会的区分でしたが、数千万人の人々にとって、これは悪魔のような結果を伴うものだったのです。<br /><br />社会集団と政治集団を混淆した結果、「紅類」（労働者、貧農、下層中農、党幹部、人民解放軍兵士）と黒類（地主、富農、反革命分子）との二元的な分割となり、さらに２つのグループのあいだに「中立類」（知識人や資本家）が置かれていました。右派分子は公式に名誉回復されたとしても、次の大衆キャンペーンが起こると、格好の標的となりました。このシステムの地獄的な論理は、闘うべき、時には打倒すべき敵が必要であり、そこで、敵の「ストック」は絶えず補充されるべきだという点にありました。</p><p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E8%A1%9B%E5%85%B5">参考：紅衛兵</a></p><p>このような分類法は言葉のマルクス主義的意味での社会階級より、むしろ，インド流のカーストに近いものといえました。レッテルの世襲化は社会を恐ろしく硬直化させ、「悪い生まれの」人々を絶望の中に投げ込むのに貢献したのです。実際「黒類」の人々にたいしては入学、就職、政治生活への参加の場合など、差別が伝統的に貫徹されました。「紅類」の配偶者と結婚するのは非常に難しく、社会は常に彼らを排除追放しがちでした。<br /><br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）<br />都市：「サラミ戦術」と財産没収<br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br /><a href="http://a-meet.net/crescendo/">共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</a></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-4.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-4.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-4.html" alt="はてなブックマーク - 都市：「サラミ戦術」と財産没収3" title="はてなブックマーク - 都市：「サラミ戦術」と財産没収3"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 都市：「サラミ戦術」と財産没収3 http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-4.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-4.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-4.html" alt="retweets - 都市：「サラミ戦術」と財産没収3" title="retweets - 都市：「サラミ戦術」と財産没収3" /></a></p>]]>
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    <title>都市：「サラミ戦術」と財産没収2</title>
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    <published>2010-03-03T20:45:22Z</published>
    <updated>2010-03-03T20:45:22Z</updated>

    <summary>１９４９年に台湾と香港への流出を遅らせる為に赦免された国民党の元政治家・軍事幹部...</summary>
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        <name>倉橋正幸</name>
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<![CDATA[<p>１９４９年に台湾と香港への流出を遅らせる為に赦免された国民党の元政治家・軍事幹部は２年も経たたないうちに殺されました。刑法の制定も弾圧を容易にするのに貢献し、「反革命分子」と「現行反革命」と「歴史的反革命」に区別し後者をも罰することにより、犯罪遡及（そきゅう）の原則を導入したのです。さらに犯罪を犯していない被告人を、「類推」によって裁くことも可能となりました。（遡及＝法律や法律の要件の効力が、法律の施行や法律の要件の成立以前にまで、さかのぼって及ぶこと。過去にさかのぼって、効力を及ぼすこと。）<br /><br />１９５７年に毛沢東地震が、この期間に一掃された反革命分子とおして８０万の数字を挙げています。都市での処刑件数は少なくとも１００万人の大台に達しました。都市においてこそ抑圧が最も厳しく、２５０万人が「労働強制所」に拘留されました。都市での粛清の形態は実際のところ、ソ連で行われたような秘密のベールに包まれたやり方と異なっていたのです。<br /><br />労働者は街道委員会の指導のもと、資本家に対し帳簿の公開、批判の受け入れ、自己批判の実行の強制、さらに国家の管理の受け入れを強制しました。資本家がそれを受け入れれば調査グループに参加して同僚を密告するように勧められ、そうでなければ、事態は最初の段階からやり直しとなるのでした。知識人にたいしても、ほぼ同様でした。「服従と再生」の集会に参加して、自分の中に住み着いた「古い人間」を、その疑惑や自立的思想ともども殺したことを見せなければなりませんでした。彼らから逃れる手段は何一つなく、ーーーー伝統に忠実に選ばれた解決策としての自殺だけでした。<br /><br />企業長は１９５１年以後、帳簿を公開せざるを得なくなり、１９５６年にはささやかな終身年金と時には旧会社の技術顧問のポストとひきかえに会社の集団化を「提案」されました（のちの文化大革命は否認されました）。中小企業の経営者は、何もかも巻き上げられて自殺することがしばしばでした。大企業の経営者の扱いは、海外ネットワークの絆を彼らが握っていたので、まだましでした。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）<br /><a href="http://a-meet.net/crescendo/">都市：「サラミ戦術」と財産没収</a><br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br />共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/2-2.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/2-2.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/2-2.html" alt="はてなブックマーク - 都市：「サラミ戦術」と財産没収2" title="はてなブックマーク - 都市：「サラミ戦術」と財産没収2"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 都市：「サラミ戦術」と財産没収2 http://jyoudou.net/blog/2010/03/2-2.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/2-2.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/2-2.html" alt="retweets - 都市：「サラミ戦術」と財産没収2" title="retweets - 都市：「サラミ戦術」と財産没収2" /></a></p>]]>
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    <title>都市：「サラミ戦術」と財産没収</title>
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    <published>2010-03-02T20:02:30Z</published>
    <updated>2010-03-02T19:04:09Z</updated>

    <summary>毛沢東は１９５０年１１月の朝鮮戦争への中国軍の参戦に続く先鋭化段階（反革命鎮圧運...</summary>
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        <name>倉橋正幸</name>
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    <category term="毛沢東" label="毛沢東" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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<![CDATA[<p>毛沢東は１９５０年１１月の朝鮮戦争への中国軍の参戦に続く先鋭化段階（反革命鎮圧運動）に祭し、進行中の虐殺を公然と承認し「もちろんわれわれは、殺されるに値するすべての反動分子を殺さなければならない」と述べました。しかし、この時点における新たな要素は、終息に向かっていた土地改革ではなく、暴力的粛清の都市への拡大だったのです。<br /><br />知識人、ブルジョワ、非共産党活動家、自立心が強すぎる共産党幹部など、中国共産党の全体主義的な統制計画を阻害する集団を完全な服従へと追い込むような、一連の「大衆運動」を推進して展開しました。このやり方は、ヨーロッパの人民民主主義諸国の建設期に採用された「サラミ戦術」とそれほどの違いはありませんでした。犯罪者と売春や賭博や阿片の吸引などの社会的疎外者は厳しく処罰されたのです。<br /><br />統制システムは革命が勝利する前からほとんど出来上がっていました。都市では、国民党が復活させた伝統的な相互管理システム(保甲制）を完成させて、１５から２０世帯の居住者グループが居民委員会のもとに組織され、この委員会自体がまた街道委員会または社区委員会に従属していました。どのよなものもこの網の目から逃れることはできなかったのです。<br /><br />どのような小さな責任であっても、それを持つ者は誰もが警察の補助的な役目を果たしていました。警察は最初は旧体制の役人の大半を吸収したものの、利用価値がなくなると、彼らは将来のキャンペーンの際、「自然な」標的となったのです。既存の刑務所の状況といえば、飢餓的な食料配給、労働による極度の疲労、非人間的な規律、さらに恒常的な肉体的暴力が支配していました。<br /><br />１９５０年７月に「反革命分子一掃」のためのキャンペーンが開始されました。１９５１年には国家・党の幹部の汚職浪費、官僚主義にたいする「三反」運動、引き続いて賄賂、不正行為、脱税、職務怠慢、国家機密の漏洩といった「五反」運動、さらには西洋化された知識人にたいして「思想改造キャンペーン」が発動されました。知識人は定期的に「再教育」の研修を受けたのです。党中央に励まされ、公安部という「軍事部門」の助けを得て、書記たちは権力を行使し、濫用することになりました。とりわけ１９５１年という恐るべき年については「赤色テロル」の語を使うことができるでしょう。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）<br />都市：「サラミ戦術」と財産没収<br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><a href="http://a-meet.net/crescendo/"><br />共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</a></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-241.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-241.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-241.html" alt="はてなブックマーク - 都市：「サラミ戦術」と財産没収" title="はてなブックマーク - 都市：「サラミ戦術」と財産没収"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 都市：「サラミ戦術」と財産没収 http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-241.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-241.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-241.html" alt="retweets - 都市：「サラミ戦術」と財産没収" title="retweets - 都市：「サラミ戦術」と財産没収" /></a></p>]]>
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    <title>誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義: 松岡正剛</title>
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    <published>2010-03-02T17:57:40Z</published>
    <updated>2010-03-02T17:57:32Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;『誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義:&nbs...]]></summary>
    <author>
        <name>松浦彰夫</name>
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    </author>
    
        <category term="世界情勢" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="政治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="経済" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jyoudou.net/blog/">
<![CDATA[<p>&nbsp;<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4393332717?ie=UTF8&amp;tag=colorswillfda-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4393332717">『誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義:&nbsp;松岡正剛』</a>を読みました。概要と感想を書きます。<a href="http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/toc.html">千夜千冊</a>の方です。</p> <p>&nbsp;</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a onclick="window.open('http://jyoudou.net/blog/assets_c/2010/03/799px-Houses.of.parliament.overall.arp-437.html','popup','width=799,height=600,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://jyoudou.net/blog/assets_c/2010/03/799px-Houses.of.parliament.overall.arp-437.html"><img width="400" height="300" alt="799px-Houses.of.parliament.overall.arp.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://jyoudou.net/blog/assets_c/2010/03/799px-Houses.of.parliament.overall.arp-thumb-400x300-437.jpg" /></a></span> <p>&nbsp;</p> <p>本書の概要は、あとがきにありました。</p> <blockquote> <p>近現代史の「まちがい」がどこからおこったのか、そこをさぐっていくという語りかたに徹してみました。そのため本書では、多くの読者にはやや意外かもしれないであろう「イギリスのまちがい」ということをあえて示してみました。イギリスが犯罪者だというのではありません。イギリスは議会も株式会社もジャーナリズムも小説も産業技術も作ったんです。近代社会がその恩恵に浴しているモデルの多くがイギリスの発明です。</p> <p>ところが、これらを世界に撒き散らさないと、イギリスは覇権を握れなくなった。そのため植民地を経営し、奴隷を発明し、三角貿易を定着させました。直播きです。直営です。それを百歩譲って、当時の世界経済の繁栄としてやむをえなかったとしましょうか。しかし、そのうちこのモデルは世界中が擬似的に共有するものとなってしまっていたんです。とくにそのイギリスからの移民によって自立したアメリカが、この覇権を継承すると、世界中が同一のルールとロールとツールを使うようになっていきました。</p> <p>これは「まちがい」です。こんな歴史はかつてあったタメシがありません。だから、ここはよく考えなおすべきところです。ヨーロッパ諸国は、私が知るかぎりはこの「まちがい」を２０世紀になってから何度かにわたって反省し、検討してきたように思います。その成果のひとつがフッサールやアドルノの現代思想や、カフカやベケットの文学となり、EUの試みやアート・ムーブメントになってきた。それを一言で言えば「自由と国家と資本主義」の新たな組み替えということでしょう。本書は、こうした「生みの苦しみ」のあとを辿ったものとも言えるかもしれません。</p> <p>残念ながら、日本はいま「まちがい」を巨視的にとらえていないようです。互いの「なすりあい」に終始していて、疲れがでています。困ったことですね。</p> <p><em>誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義　おわりに　苗代の知恵 P466</em></p> </blockquote> <p>イギリスが作った近代世界システムの間違いを考え直そうということのようです。</p> <p>&nbsp;</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="Leviathan.jpg" width="397" height="533" class="mt-image-none" style="" src="http://jyoudou.net/blog/images/Leviathan.jpg" /></span> <p>&nbsp;</p> <p>そして、近代とは「代理の社会」だそうです。</p> <blockquote> <p>&nbsp;私は、そもそも近代社会というのは「代理の社会」だというふうに思っています。</p> <p>自分で政治もしないし、料理もしないし、洗濯もしない。政治は代議士にしてもらい、洗濯はクリーニング屋に頼み、旅行は旅行代理店に組んでもらう。法律のことは弁護士にまかせ、食事もレストランのシェフのものを食べ、教育は先生方に面倒を見てもらう。企業も財政面を銀行に見てもらい、その宣伝は広告代理店に代理させていく。</p> <p>これが近代社会の実態です。なにもかもが他人のつくる機関にまかせていく。そして、大衆はそれに文句をつければいいということになっていく。こういう「代理の社会」をつくったことが、ネーション・ステートのもうひとつの特色だったわけです。</p> <p>すべての代理がよくないということではありません。「まちがい」とも言いません。政治や法律や教育や医療は、代議士や弁護士や教師や医師にまかせてもいいでしょう。けれども、そこには限界もあるし、失敗もあるし、過剰や不足もあるのだから、目を光らせるだけではなく、ときには自分で引き取る覚悟を持っていたほうがいい。</p> <p>その代理性が、２０世紀後半ではついに米ソによる「代理戦争」にまで究極化していったわけでした。２つの大戦の戦禍や原因など、国家においてはなにひとつ反省されていなかったんですね。</p> <p>こんな「代理の社会」がこのまま、２１世紀の政治や経済の理想モデルになるかといえば、とうていムリでしょう。私はそれをせめて「編集の社会」にしていくべきだと思っています。「代理を編集で取り戻せ」ということですね。</p> <p><span class="Apple-style-span" style="font-style: italic; ">誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義　第１０講・・・資本と大衆の時代　冷戦時代のポリティクスーー代理社会の代理戦争　P392</span></p> </blockquote> <p>近代は「代理の社会」であり、エスカレートして「代理戦争」にまでなってしまった。</p> <p>&nbsp;</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.showakinenpark.go.jp/komorebi/activity/index.php?itemid=27"><img alt="nawashiro.jpg" width="400" height="300" class="mt-image-none" src="http://jyoudou.net/blog/images/nawashiro.jpg" /></a></span> <p><a title="国営昭和記念公園　こもれびの里" href="http://www.showakinenpark.go.jp/komorebi/activity/index.php?itemid=27">国営昭和記念公園　こもれびの里</a></p> <p>筆者は、近代の間違いに対して「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%97%E4%BB%A3">苗代</a>」という方法で対処しようと提案しています。苗代は梅雨を挟んで稲を丈夫に育てるよう工夫した方法で、「依代（よりしろ）」「憑坐（よりまし）」「物実（ものざね）」という考え方のルーツのひとつになっていたそうです。これらは、そこに何かがやってきたり、着いたり、宿ったり、育ったりするとても小さな「座」「棒」「柵」のようなものだそうです。日本の稲作はダイレクトに育てず、苗代という仮の場所に種をまいて、２段階で育てる。</p> <p>他国から来た異質なものも、いきなり全面的に受け入れず、まず小さく育ててみて吟味する。その段階で日本に合うものに「編集」して取り込むという方法を、筆者は提案しています。</p> <p>&nbsp;</p> <p>一理ありますが、「苗代」は受け入れる側の方法論だけなので、外に広げていく側の方法論は別に構築する必要があると感じました。</p> <p>「苗代」は農業のランドパワーの方法です。日本は島国なので、海を上手く使うというシーパワーの方法があります。日本は外交下手といいますが、土地をもってそこに引きこもるという発想で、内向きになってしまっています。海は物資の輸送に便利です。徳川時代に鎖国したおかげで、山田長政のように東南アジアに進出した日本人が途絶えてしまいました。それが続いていたら、日本人には国際感覚があふれていたと思います。</p> <p>&nbsp;</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="Atakebune2.jpg" width="400" height="215" class="mt-image-none" style="" src="http://jyoudou.net/blog/images/Atakebune2.jpg" /></span> <p>&nbsp;</p> <p>本書では方向性が違いますが、「海の民」についての記述がありました。「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%BB%8D">水軍</a>」などでしょうか。</p> <blockquote> <p>世界にはいろいろ共同体のモデルがありえます。けれどもアジア的な共同体というと、そんなに多くのモデルにはなりません。①生態適応型の共同体、②ネットワーク型の共同体、③大文明型の共同体、おおざっぱにそのくらいでしょう。</p> <p>①は、たとえば東南アジアの山地やジャワや日本の農村部にかつてはよく見られました。いまではこれを「エコ」などと言いますね。②は、<span style="font-size: 120%; "><span style="color: rgb(0, 0, 255); ">「海の民」や「草の民」がつくってきた共同体です。ネットワーク的に動いていく共同体モデルです。</span></span>③は、中国の社稷（しょしょく）共同体やインドのカースト制がつくってきた。しかし、こうしたアジアの共同体も、いまでは各地でいちじるしい変更や修正をうけてしまっています。</p> <p>ということは、これらのどの共同体のモデルがいいかということではなく、いま残っている母型や単位をさまざまに共存させていくことが必要だということです。そういう「編集方法」を考えなければならないでしょう。</p> <p><span class="Apple-style-span" style="font-style: italic; ">誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義　第１１講・・・日本の苗代をとりもどしたい　日本人の「ものの見方」　P432</span></p> </blockquote> <p>「海の民」はネットワーク型の共同体ということです。コミュニティに閉じこもらずに外と積極的に関わっていくという意味だと思います。日本の活路は、海路にこそあるのでは無いかと思う訳です。</p> <p>&nbsp;</p> <p>松浦彰夫　拝</p> <p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=colorswillfda-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4393332717&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-238.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-238.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-238.html" alt="はてなブックマーク - 誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義: 松岡正剛" title="はてなブックマーク - 誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義: 松岡正剛"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義: 松岡正剛 http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-238.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-238.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-238.html" alt="retweets - 誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義: 松岡正剛" title="retweets - 誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義: 松岡正剛" /></a></p>]]>
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    <title>ロンドン密約で原発の連鎖爆発</title>
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    <published>2010-02-28T18:06:58Z</published>
    <updated>2010-02-28T18:06:58Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;災害は自然災害なら仕方ない面もありますが、人災となると許せない面があ...]]></summary>
    <author>
        <name>松浦彰夫</name>
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        <category term="放射能" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jyoudou.net/blog/">
<![CDATA[<p>&nbsp;災害は自然災害なら仕方ない面もありますが、人災となると許せない面があります。それも多くの人、さらに未来の人の迷惑になる場合は特にです。</p> <object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/b0-AWtxkrjE&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1&amp;" /><param name="allowFullScreen" value="true" /><param name="allowscriptaccess" value="always" /><embed src="http://www.youtube.com/v/b0-AWtxkrjE&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1&amp;" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object> <p>&nbsp;ある情報によれば、小沢一郎がロンドン密約で、<span class="Apple-style-span" style="font-family: 'Hiragino Kaku Gothic ProN', Verdana, sans-serif; ">浜岡、東海、伊方、柏崎、玄海、もんじゅ、六ヶ所村、女川の原発を爆発させ、日本を放射能の世界にする約束をしたようです。太平洋と日本海の２回の地震に合わせて原発を自爆させる計画です。プルサーマルなどでプルトニウムを使う所だらけです。プルトニウムの半減期は２万年です。２万年で半分、４万年で４分の１、ほぼ永久的に汚染されるということです。それだけ長期間汚染されるということは、日本だけでなく世界中に拡散するということです。これはもう、狂気に取り付かれているか、何も考えていないかどちらかです。こんな人に日本をまかせられないです。</span></p> <p>&nbsp;</p> <p>松浦彰夫　拝</p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-240.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-240.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-240.html" alt="はてなブックマーク - ロンドン密約で原発の連鎖爆発" title="はてなブックマーク - ロンドン密約で原発の連鎖爆発"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou ロンドン密約で原発の連鎖爆発 http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-240.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-240.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/post-240.html" alt="retweets - ロンドン密約で原発の連鎖爆発" title="retweets - ロンドン密約で原発の連鎖爆発" /></a></p>]]>
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    <title>農村：従順化と社会工学3</title>
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    <published>2010-02-28T15:00:54Z</published>
    <updated>2010-02-27T12:47:02Z</updated>

    <summary>村ごとに少なくとも一人の犠牲者が「必要」とされたことは明らかで、犠牲者の数は最低...</summary>
    <author>
        <name>倉橋正幸</name>
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    </author>
    
        <category term="コラム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="倉橋正幸" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="共産主義黒書＜アジア篇＞" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="共産主義" label="共産主義" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jyoudou.net/blog/">
<![CDATA[<p>村ごとに少なくとも一人の犠牲者が「必要」とされたことは明らかで、犠牲者の数は最低数に言って１００万人に達していたし、多くの研究者は２００から５００万人のあいだの死者という数字で一致しています。そのうえ、４００万から６００万人にのぼるクラーク（富農）が、設置されたばかりの労改に連行され、その２倍の「クラーク」が地方当局の「支配下」に置かれたのでした。つまり、恒常的に監視され、最も辛い仕事に使われ、「大衆キャンペーン」の場合には、迫害の憂き目にあったのでした。<br /><br />地元カトリック教徒会会長の全家族の殺戮および教会の封鎖、富農と連帯していた貧農への体罰と財産没収、過去三世代にわたる「封建的出身者」の追及、架空の財宝のありかを白状させるための死に至る拷問、焼きごてによる拷問をともなう尋問、処刑された者への家族への迫害の拡大、被刑者の墓の発掘と破壊など、１９４８年以後には、ある種の行き過ぎは廃止されたものの、それ以前は張荘村で猛威をふるったものでした。<br /><br />中国の雲南省では、旧政府の警察官だったというだけの理由で「地主」に分類され、役人だったために懲罰刑を言い渡され、１９５１年の地方の土地改革が絶頂期を迎えた時に「階級敵」とされて死刑を宣告され処刑された例があります。しかし、どの行為が正確に処罰の理由となったかはついに明らかにされませんでした。これらはみな、村民の多数の賛同を得ていたように思われます。なぜなら、村民はこの後、強制収用された土地の分配に与ることができたからでした。<br /><br />スケープゴートの虐殺は、共産党指導部がめざしていたような「正義の味方」としての党の背後に農民の一体性を実現する結果になったとは必ずしも言えませんでした。土地改革という広汎な運動の真の目的は、何よりもまず政治的次元のものであり、次に経済的次元のものであり、最後に初めて社会的次元のものだったのです。土地の４０％は再分配されたものの、貧農がさほど裕福さを手に入れる結果にはならなかったのでした。中国の土地改革は、改革そのものを目的にしたのではなく、共産党機関による権力の全面的な奪取をめざしていたのです。そして、これ以上無いほど極端なテロルを操る共産党の能力を反抗分子や軟弱分子に見せつけることこそが目標だったのです。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）<br />農村：従順化と社会工学<br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br /><a href="http://a-meet.net/crescendo/">共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</a></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-3.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-3.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-3.html" alt="はてなブックマーク - 農村：従順化と社会工学3" title="はてなブックマーク - 農村：従順化と社会工学3"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 農村：従順化と社会工学3 http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-3.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-3.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/03/3-3.html" alt="retweets - 農村：従順化と社会工学3" title="retweets - 農村：従順化と社会工学3" /></a></p>]]>
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    <title>地震で東名高速と東海道線が止まりました</title>
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    <published>2010-02-28T14:40:21Z</published>
    <updated>2010-02-28T14:40:21Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;チリ沖の地震の津波対策の交通止めが太平洋沿岸でありました。静岡市で会...]]></summary>
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        <name>松浦彰夫</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jyoudou.net/blog/">
<![CDATA[<p>&nbsp;チリ沖の地震の津波対策の交通止めが太平洋沿岸でありました。</p><p>静岡市で会った人に聞いたのですが、静岡東部から中部の静岡市に来るために、車で東名高速を通ってきたら、途中で渋滞でノロノロ運転。交通情報を聞いたら通行止め。新幹線は動いていると聞いて、三島まで戻って車を置いて、新幹線で静岡市へやっと到着。大変だったようです。</p><p><div>地球の裏側のチリの地震でも、日本への影響は大きかったです。これが日本で同じくらいの地震が起きたらゾッとしますね。例えば東海地震が起きたらこんなものじゃなくて、東名高速、新幹線、東海道線は寸断して復旧にどれくらいかかるのか。浜岡原発が地震と津波で倒壊したら、メルトダウンして周辺２５０kmは人が住めなくなる、という可能性もあります。</div><div>&nbsp;</div><div>地震はいつか必ず起きますので、こんな危険な原子力発電は、一刻も早く止めてほしいものです。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>松浦彰夫　拝</div></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-239.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-239.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-239.html" alt="はてなブックマーク - 地震で東名高速と東海道線が止まりました" title="はてなブックマーク - 地震で東名高速と東海道線が止まりました"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 地震で東名高速と東海道線が止まりました http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-239.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-239.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-239.html" alt="retweets - 地震で東名高速と東海道線が止まりました" title="retweets - 地震で東名高速と東海道線が止まりました" /></a></p>]]>
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    <title>農村：従順化と社会工学2</title>
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    <published>2010-02-26T15:00:55Z</published>
    <updated>2010-02-27T10:44:18Z</updated>

    <summary>農民の確信を素早くかちえるために、恐怖心を利用する用意がありながら、活動家が「農...</summary>
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<![CDATA[<p>農民の確信を素早くかちえるために、恐怖心を利用する用意がありながら、活動家が「農民改革」の舞台装置をしつらえるための努力を払わねばならなかったのは、戦争中、人民解放軍に加わるくらいなら日本軍支配地域へ逃げるほうを選ぶ青年の数が多かったからでした。また、農民は常に無気力で新政権による小作料軽減後も、伝統的な小作料を地主に対して払い続けるほど地主に対して従順であり、社会的基盤にかんする共産党の理想に賛同するにはほど遠かったのでした。扇動者は農民をその政治的立場から、積極派、標準派、後進派、地主支持派に分類し、なんとかして公式の社会集団にこれらカテゴリーを当てはめようと苦労しました。その結果は、無数の個人的いさかいや願望にまで取り込まざるを得なくなり、怪奇な社会学に行き着くことになってしまいました。しかも、この分類はお好み通りに修正することができ、土地の再分配を手っ取り早く終わらせるために、張荘村当局は、９５家族いたはずの貧農を２８家族に減らしたのでした。共産党幹部は、ほとんどが特権階層出身だったにもかかわらず、民間人は概して「労働者」に分類され、兵士は「貧農」あるいは「下層中農」に分類されていました。<br /><br />土地改革の鍵となったのは「訴苦会」でした。村人全員が集まったところで、一人あるいは複数の地主が出頭し、彼らは「裏切り者」と呼ばれました。（地主については日本占領軍の協力者と一体視されていました）昨日まで権勢ををほしいままにしていた人物を前にしてか事態が動き出すまでには時間がかかるため、その場合、活動家が被告人を手荒く扱ったり、侮辱するなどして力を貸すことが必要でした。そうすると一般に、地主に恨みをいだく人々から告発の発言が噴き出し、集会の熱気が高ぶっていきました。そうして、地主の死刑宣告にまで至るまで困難はなく、農民も多かれ少なかれ積極的に参加して、刑はその場で即座に執行されたのです。<br /><br />各人がその役割を完璧に確信を持って演じきったとき、このホラー芝居は自己批判集会の起源となり、１９７６年の最高指導者の死まで、すべての中国人が休み無しに耐え忍ぶことになったのでした。こうしたお芝居こそ、中国の伝統的な儀礼主義と体制順応主義への根強い傾向を露にしたものであり、権力はこの傾向を心行くまで利用し濫用しえたのでした。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）<br />農村：従順化と社会工学<br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br /><a href="http://a-meet.net/crescendo/">共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</a></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/02/2-1.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/02/2-1.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/02/2-1.html" alt="はてなブックマーク - 農村：従順化と社会工学2" title="はてなブックマーク - 農村：従順化と社会工学2"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 農村：従順化と社会工学2 http://jyoudou.net/blog/2010/02/2-1.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/02/2-1.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/02/2-1.html" alt="retweets - 農村：従順化と社会工学2" title="retweets - 農村：従順化と社会工学2" /></a></p>]]>
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    <title>農村：従順化と社会工学</title>
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    <published>2010-02-26T09:00:09Z</published>
    <updated>2010-02-26T08:30:06Z</updated>

    <summary>ロシア革命とは異なり、１９４９年の中国革命は農村から都市へと拡大していきました。...</summary>
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        <name>倉橋正幸</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jyoudou.net/blog/">
<![CDATA[<p>ロシア革命とは異なり、１９４９年の中国革命は農村から都市へと拡大していきました。共産党員は土地改革については長い経験をもっていましたが、国民党中央政府との抗日「統一戦線」を維持するために、１９３７年以降は抑制していました。彼らが土地改革運動を再開するのは、日本敗北後のことで、やがて彼らを権力の座へと導くことになる、１９４６年の内戦再開の状況においてでした。職業的扇動者が何千と地方へ送り込まれ、村から村へと、人民解放軍による「解放区」のいたるところへと送られたのです。人民解放軍の前進とともに、この運動は南部から西部の国境地帯にまでひろがっていきました。（チベットはこの時点では含くまれていません）<br /><br />何十万という中国の村々を転覆させることになった土地革命を、ただ上からの人心操作の結果と見るのも、逆に、共産党が「大衆の意思」に応えただけだと思い込むのも、どちらも間違いです。大衆には自分たちを不幸と感じ、変化を願うだけの理由が数多くありました。不均衡の一つは、農民のあいだの不平等だったのです。張荘村では３％しかいない村の有力者が平均２６％の土地を所有しており、さらに最も富裕な村民が独占していた高利貸しのせいで、さらにおおきなものになっていたのでした。張荘村では裕福な地主で１０ヘクタールあるかないかだけでした。村民の大半は、土地の無い極貧層と、自らの労働では生活しない地主との中間層に属していました。ラテンアメリカでは今なお見られる極端な社会的コントラストと比べても、中国の農村社会は比較的平等主義だったとみなすことができます。ですから、貧富のあいだの紛争は、農村社会における混乱の主要な原因であるとは言えなかったのでした。<br /><br />そこで、１９２７年における海・陸豊のソビエト地区と同様、共産党主義者が社会問題のいわば技師の役割を演じたのです。すなわち、恣意的に定義され、境界線を引かれた農村集団をかなり人為的に分極化したうえで、この分極性のなかにこそ、農民の不幸の唯一の原因が存在するのだと宣言したのでした。そうして、扇動者達は農民を貧農、下層中農、中農、そして富農の4つのグループにわけ、この分類から除外されたものを「地主」と宣言し、当面打倒すべき人間とされたのです。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）<br />農村：従順化と社会工学<br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br />共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-237.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-237.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-237.html" alt="はてなブックマーク - 農村：従順化と社会工学" title="はてなブックマーク - 農村：従順化と社会工学"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 農村：従順化と社会工学 http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-237.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-237.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-237.html" alt="retweets - 農村：従順化と社会工学" title="retweets - 農村：従順化と社会工学" /></a></p>]]>
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    <title>土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）</title>
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    <published>2010-02-23T01:52:39Z</published>
    <updated>2010-02-23T01:52:39Z</updated>

    <summary>１９４９年に共産主義者が権力を獲得したこの国では、暴力と虐殺とが、統治手段として...</summary>
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    <category term="共産党" label="共産党" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jyoudou.net/blog/">
<![CDATA[<p>１９４９年に共産主義者が権力を獲得したこの国では、暴力と虐殺とが、統治手段として、対抗手段として、あるいは隣人との紛争を清算する手段として、きわめて当たり前になっていました。毛沢東後の公式な歴史において、１９５７年の反右派闘争の直前まで、偉大な舵取りの毛沢東はほぼ正しい方向に舵を切っていましたので、この時期はすばらしいイメージをとどめているのです。このことから、この時期の共産党員はそれほど粛清の波をかぶることはありませんでした。しかし、中国共産党が打ち出した弾圧の波は、国の全土にわたり展開されました。その広がりや、全般性、継続期間からいっても、毎年のように新たな『大衆キャンペーン」があり、計画化され中央集権化された面からいっても、それは中国的な暴力に質的飛躍をとげさせたのです。<br /><br />１９４３年延安での「整風運動」は、その規模たるや広大な国土のなかの辺鄙な地区で起こっただけでした。１３世紀のモンゴルですら、帝国の北部を荒廃させただけだったのですが、今回の一連の虐殺は、ある社会層にかんしていえば、中国がそれまでに経験したことのないようなジェノサイド的様相を帯びたのでした。これら残虐行為のいくつかは、３年間にわたる激しい内戦の中でおこったのです。たとえば、満州のスーワンツの町を占領した際に５００人の住民が殺されましたが、大部分はカトリック信者でした。やがて１９４８年に共産党が優位に立つやいなや、プロパガンダ目的で敵の捕虜を大量に釈放するのをやめたのです。何十万という捕虜たちは、再教育と戦争努力への貢献という２つの配慮を結びつける、あらたな労働による改造のための収容所（労働改造、略して労改（ラオガイ））の最初の住人となったのでした。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）<br /><br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br />共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-236.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-236.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-236.html" alt="はてなブックマーク - 土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）" title="はてなブックマーク - 土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou 土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７） http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-236.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-236.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-236.html" alt="retweets - 土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）" title="retweets - 土地改革と都市での粛清（１９４６ー１９５７）" /></a></p>]]>
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    <title>ソビエトのスターリン主義者が見た延安での毛沢東主義の方法</title>
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    <published>2010-02-22T02:03:53Z</published>
    <updated>2010-02-22T02:03:54Z</updated>

    <summary>党の規律は批判と自己批判の厳格な形式に基づいていました。細胞責任者は、だれが批判...</summary>
    <author>
        <name>倉橋正幸</name>
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    <category term="共産主義" label="共産主義" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jyoudou.net/blog/">
<![CDATA[<p>党の規律は批判と自己批判の厳格な形式に基づいていました。細胞責任者は、だれが批判されるべきか、なぜそうされなければならないかを決めていました。「被告」には唯一の権利として自分の「誤り」を悔いることがあるだけです。もしも無実と考えたりすると、攻撃がまた初めから繰り返されるのでした。まさしく心理的な調教と言えるでしょう。この残酷な心理的強制方法は「精神の浄化」と呼ばれ、組織に息のつまるような雰囲気をもたらしていたのです。多くの共産党活動家が自殺したり、逃亡したり、精神患者になったりしました。<br /><br />弾圧は徐々に洗練さを加えていきました。日本と国民党に対する戦争の時には、１９４０年における３ヶ月間で３６００人の犠牲者をだしながら、暗殺は個別化の傾向をたどっていました。裏切り者が特に狙われました。ある元ゲリラ指導者によれば、人民が革命の道を継続する以外に選択の余地がないようにするため、多数の裏切り者を殺したそうです。監獄制度が発達すると、処刑という手段は減少しました。１９３２年の江西のソビエト地区では、労働による更生施設が栄えていました。１９３９年には、長期刑に処せられた者たちは労働・生産センターに入所させられました。これには３点の利点があったのです。罰が恐ろしくて住民の離反が起きないこと。使用可能な労働力を得られること。再教育の手段を通じて、新たに忠誠を誓う者を復帰させること。日本人の捕虜ですら、こうして中国紅軍の後継者である人民解放軍に組み入れられ、蒋介石との戦争に使われることがあったのです。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）<br />ソビエトのスターリン主義者が見た延安での毛沢東主義の方法<br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br /><a href="http://a-meet.net/crescendo/">共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</a></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-235.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-235.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-235.html" alt="はてなブックマーク - ソビエトのスターリン主義者が見た延安での毛沢東主義の方法" title="はてなブックマーク - ソビエトのスターリン主義者が見た延安での毛沢東主義の方法"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou ソビエトのスターリン主義者が見た延安での毛沢東主義の方法 http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-235.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-235.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/02/post-235.html" alt="retweets - ソビエトのスターリン主義者が見た延安での毛沢東主義の方法" title="retweets - ソビエトのスターリン主義者が見た延安での毛沢東主義の方法" /></a></p>]]>
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    <title>廃墟の光と影　廃墟の歩き方</title>
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    <published>2010-02-21T06:50:16Z</published>
    <updated>2010-02-21T06:50:14Z</updated>

    <summary>【ComicCity77】廃墟探索部【サークル紹介】の記事で廃墟の紹介をしました...</summary>
    <author>
        <name>松浦彰夫</name>
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    </author>
    
        <category term="教育" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="廃墟" label="廃墟" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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<![CDATA[<p><a title="【ComicCity77】廃墟探索部【サークル紹介】 - 流水成道" href="http://jyoudou.net/blog/2010/01/comiccity77-2.html">【ComicCity77】廃墟探索部【サークル紹介】</a>の記事で廃墟の紹介をしました。廃墟はかっこいいですね。しかしそれだけでなく、廃墟には危険なものであることも忘れないでほしいです。<a href="http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/">廃墟Ｅｘｐｌｏｒｅｒ</a>さんのページに廃墟の危険性のコラムがあるので、廃墟に行ってみようと思った方は読んでください。装備のコラムもあります。<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%BB%83%E5%A2%9F%E3%81%AE%E6%AD%A9%E3%81%8D%E6%96%B9-%E6%8E%A2%E7%B4%A2%E7%AF%87-%E6%A0%97%E5%8E%9F-%E4%BA%A8/dp/4872572890/ref=sr_1_1?ie=UTF8&amp;s=books&amp;qid=1266732792&amp;sr=8-1">書籍版の廃墟の歩き方</a>にも同じコラムが書いてありました。廃墟の写真が好きな方に良い本です。例えば鉱山の廃墟は、独特の設備があり面白かったです。</p> <blockquote cite="http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/hazard02.html" title="廃墟ＨＡＺＡＲＤ">   <p>「廃墟の光と影」<br /> <br /> 廃墟のＨＰの管理者、または廃墟のＨＰを立ち上げようとしている方へ<br /> 「廃墟の危険」を警告する、コンテンツを是非、あなたのサイト内に、少しでもいいので、載せてください。とは言っても、中々面倒くさいのもわかります！！そんな時は、このページを直リンして頂いて結構です。許可も要りませんし、私が作った事を書かなくても結構です。是非、お願いいたします。<br /> <br /> 　以下の文章又表現は、管理者の独断と偏見に満ちています。別に全く信じなくても、馬鹿にして読んで頂いても結構です。また、廃墟を楽しむ全ての方の各自の楽しみかたを否定する物でも有りません。パンツ一丁でサンダルを履いて、皆で大声で歌を歌って、蝋燭でももって廃墟に入ったところで、それはお勧めは出来ませんが、あくまでも個人の自由です。ただ、管理者が十数年間に400箇所以上の廃墟を探索してみて、遭遇した事や感じた事、また、沢山の廃墟のベテラン約３０名の方達の体験談を基に作成した事は事実です。以上、ご了解頂ける方のみお読みください。<br /> <br /> ★このページを作成するにあたり<br /> 　美しく甘美的な「廃墟」、近年沢山の素晴らしい写真を載せた廃墟のＨＰが公開され、また廃墟の写真集等でもその魅力的な姿を客観的に映し出しています。私もかつては心霊系でしたが、十数年前にその美しさや、幻想的な空間の魔力に魅せられ「廃墟道」へ転向した一人です。<br /> <br /> 　ようやく世間でも「廃墟」というカテゴリーが認められつつあります。例えば写真集「廃墟遊戯」は３５００円という価格にも関わらず約２万部、萬別冊「廃墟日本紀行　廃墟の魔力」も同じように２２００円で約１万部、１部のサーチエンジンでは「廃墟」というジャンルまで出来ています。もはや、１つの文化が形成されていると言っても過言では有りません。<br /> <br /> 　先だって、ある廃墟のオフ会に参加させて頂きました、その会には色々な方が集まっていて、中には廃墟に１度も行った事のない方なども、多く参加していました。時間が経つにつれ、私はある種の違和感を感じました、それはオフ会の趣旨自体が、有名な廃墟に行くための打合せだったのですが、移動方法や金額などの話は盛んに論じられているのですが、１番大切な・・・。そう「廃墟内での危機管理」については一切論じられる事は無かったのです。その有名な廃墟には、残念ながら私自身実際に行った事は無いのですが、おそらく日本で一番危険な廃墟と認識していた為、危機管理が語られなかった事へ戸惑いを感じると共に恐怖すら感じました。<br /> <br /> 　後から冷静に考えてみました・・・。「廃墟の光と影」・・・。そう、彼らは、光の部分しか見えていなかったのです。しかし、これは彼ら（廃墟の初心者）のせいではないのです。今まで、私を含めた廃墟サイトの管理者が、美しい廃墟の画像、またどきどきするような探検レポート等「光」の部分しか紹介していなかったからなのです。私たち廃墟のベテランにとっては、当たり前の廃墟の危機管理でも、初心者にとっては、全く認知すら出来ない事なのです。廃墟人口が増えつつある今、大きな事故などおきてからでは遅すぎます。ここで敢えて「影」の部分を真剣に考えてみる時期にさしかかっているのではないでしょうか？廃墟系のＨＰを公開している管理者の方にも、ご自身のサイト内でほんの少しでも良いので「影」の部分に関する注意や警告等を載せて頂ければ、幸いに思います。<br /> <br /> いままで散々煽りまくってきた、私のお詫びのしるしとして、このページを公開いたします。<br /> <br /> 廃墟内における、色々な危険をジャンル別に紹介していきます。ジャンルや体験談など、今後とも増やしていこうと思います。多少大袈裟な表現を使っていますが、嘘は有りません、是非今後「廃墟」を探訪、潜入使用と考えている方は参考にして下さい。<br />  （法律）<br /> <br /> 廃墟の探索は違法行為です。<br /> 敷地内は勿論、建物等に潜入した場合は「建造物侵入」物件によっては「住居不法侵入」になる事も有ります。<br /> ガラス１枚割っても「器物破損」です。<br /> また、管理物件内部の物品を持ち出せば「窃盗」です。明らかに棄ててあると思われる物でも場合によっては「占有物離脱横領」になる可能性も有ります。廃墟内にゴミを捨てるのは「不法投棄」になる。廃墟に火をつければ『放火』（重罪）です。<br /> <br /> 厳密に定義すれば、若干違う部分もありますが、大体そんな感じです。<br /> <br /> あなたがもし、廃墟と空家を間違えて入ってしまったとしましょう。<br /> それは、もはや立派な「空き巣」です。<br /> 廃墟と空家の違いを一体どうやって判断するのでしょう？？<br /> <br /> 廃墟内を大人数で押し寄せ、建物内のガラスを割ってと楽しんだと仮定しましょう。当然、大きな声や物音で、近隣の住人が警察に通報します。まあ、こうゆう行為をわざとやるような人々は、それで逮捕されても「ハク」がつくので自慢の種に出来るでしょうが。<br /> 自分に置き換えて考えてください、おそらく、運良く起訴まではされ無かったとしても、最悪１月近く留置場に拘留です。当然、普通に仕事をしている方はかなりの確率で懲戒解雇です。<br /> <br /> 廃墟潜入の際は、近隣の住民に迷惑をかけないのは、モラルの面でも当たり前の事ですが、結果として自分自身を守る事にもなります。<br /> <br /> 私の知っている廃墟サイトの管理人Ｋさんも、廃墟から出てきたところを警ら中の警察官に発見されて、たっぷりと職質されたそうです。「通報があった場合は逮捕だった」といわれたそうです。<br /> <br /> また、廃墟にありがちな「その筋の方」の管理物件だったら・・・。まだ、警察に捕まったほうが良かったと思う事になる可能性がかなり高いです。<br /> <br /> 本当にあなたは、自分の人生を変えてしまってまで「廃墟」に潜入したいのですか？？もう１度、冷静に考えてください。<br /> <br /> また、可能な限り「所有者」「管理者」「近隣の住人の方」等に許可を求めてみてはいかがでしょうか？廃墟に関する面白い情報等も聞ける場合も有りますよ。<br />  （錆びた階段）<br /> <br /> 当たり前の事で悪いのですが、廃墟は誰もメンテナンスしていません。<br /> 左の２画像はわかりやすくする為、最もひどい状態の階段ですが、２つとも落ちたら即死の高さです。多分、親族が身元確認にきても判別できない状態になるでしょう。<br /> <br /> １番厄介なのは、塗装がしっかりしているにもかかわらず、内部の鉄が錆びている場合です。全然大丈夫と判断して、かなりの高さまで上ったと仮定します。ほぼ頂上部の階段が、真ん中からぽっきり！！せめてもの救いは、苦痛を伴わず逝ける事ぐらいでしょう・・・。<br /> <br /> 廃墟歴の長い、某心霊＆廃墟＆戦跡の管理人Ｋさんとご一緒した時です。その方は、まるで老人のようにゆっくりと、１歩１歩踏みしめながら、階段を昇降します。傍からみたらまるで臆病者のようです。しかし、それは永年の経験によって体が覚えたスタイルなのです、階段の変化をつま先で感じとり、また、最悪階段が、折れたとしても片足はまだ、１段違う段に残っているからです。生存率が格段に上がります。<br /> <br /> 私の知っている廃墟系サイトの管理人Ｍさんは、伊豆の取り壊し中廃墟の外側階段を踏み抜き、死にかけたそうです。<br /> <br /> 階段を上る際には、そこにリスクを背負ってまで、見たいものが有るのか？<br /> をもう１度、冷静に考えてみて下さい。<br /> <br />  （錆びた橋脚）<br /> <br /> 見ての通り、橋の１部が錆びて欠落しています。<br /> これも落ちたら即死の高さです。これは、鉄網せいなので、見た目でわかりますが、コンクリート製で、内部の鉄筋が錆びている場合や、コンクリート自体が、劣化している場合等、どうやって判断するのでしょうか？？良い方法があったら、是非教えて下さい。<br /> ちなみに、この橋の手摺は、付け根が完全に錆びていて、１部の付け根でかろうじて保持している状態です。触るとグラグラします。<br /> <br /> この先にあるのは、美しい廃墟の被写体か、または天国です。</p><p>（腐って脆くなった床）<br /> <br /> 上の画像は、解りにくいかも知れませんが、私が踏み抜いた床です。<br /> このとき、デジカメのファインダーを覗き込みながら、天井を撮影していました。幸い、１階だったのと、ご自慢の軍用ブーツを履いていたので、大事にはいたりませんでした。もし、これがスニーカー等でしたら、尖った木片等で踝のあたりは、かなりの傷を負ったことでしょう。<br /> <br /> 下の画像は少なくとも１階では有りません、厄介なのは、腐った床板の上にまるで、何事も無いように、畳や絨毯が敷き詰めてある場合です。<br /> 当然この階の床板が腐っているという事は、下階の天井裏＆天井が腐っている可能性が高い事は言うまでも有りません。まさに、廃墟が作り出した天然の落し穴です。<br /> <br /> この落し穴を見抜くにはかなりの経験が必要です。階段を使わずに下階まで降りる事が出来るので、大変便利では有りますが、多分「骨折」のおまけがつくと思います。さらに、２フロアぶち抜けば、魂の状態で最上階より上に、階段を使わずに今度は、上る事ができます。<br /> <br /> このくそ暑いのに軍用ブーツ？？と考えているあなた。それはごもっともな判断です。その代わり、消毒薬と包帯は必ず持っていって下さい。できれば、救急車の予約も忘れずに・・・。</p><p>（床などに散乱したガラスの破片）<br /> <br /> 上の画像は、同じ「ガラスの破片」でも最悪の部類に属する「医療廃棄物」です。<br /> <br /> あなたの大好きな病院廃墟で、真夏に酒に酔った勢いで肝試しに行ったと仮定します。当然、勢いなので何の準備もしていません、せいぜい車載のしょぼい懐中電灯が数人に１台ぐらいです、中には夏の普段着なので、サンダルや更にはゴム草履（ビーサン）の人までいます。<br /> そこで、あなた達の御目当てのお化けがでました、当然なにかの錯覚ですが、先頭の懐中電灯を持った人が、一目散に逃げ出します。１台の懐中電灯では全員の足元を照らす事など出来ません、皆さんはパニックです。１人のサンダル着用の方が、不運にもこの画像のような状態のガラスを踏んでしまいました。緊張状態とアルコールのお陰で痛さはさほど感じません。その日は家に帰って消毒して寝ました。次の日の朝・・・。あまりの激痛で目が醒めました、昨日軽い怪我をした、足が紫色に腫上り、おまけに謎の高熱です。そう、感染症です。でも、彼はこう言うでしょう「霊障だ！！」と素敵な霊体験ができて最高の思い出ができましたね。<br /> <br /> 下の画像はガラスのビンが割れて、かなりいい角度で立っています。あなたのかっこいいナイキのスニーカーで、真上から踏んだ場合、かなりの確率で貫通します。あと、あなたに出来る事は、破片の一部が血管を通って、心臓を含めた大切な臓器に突き刺さらない事を、祈る事だけです。疾走する救急車の中で・・・。<br /> <br /> そろそろ、真っ赤なスニーカーに買い替えたい方には、お勧めです。ただし、片方だけですが・・・。<br />  （割れたガラス窓について）<br /> <br /> 鋭利なガラスの破片に対して、人間の皮膚などは、まるで新品のカッターで切る紙切れのようなものです。<br /> <br /> 私の友人のＳ君は、軍手等をしていなかった為、手のひらをガラスで切りましたが、面白いように血が吹き出ます。その場は、タオルなどで止血し、消毒して次の日に病院に行きましたが、手のひらっだった事もあり、なんと１５針も縫いました。<br /> <br /> ちなみに、手を切った時、私は彼と離れた所にいたのですが、彼が血を滴らせ、私の方に向かってきた時は「ゾンビ」かと思いました。<br /> <br /> カブで日本１周廃墟の旅をした、Ｓさんは風の強い日に某島の廃墟で、ガラスの雨を浴びたそうです。<br /> <br /> 　 （住んでいる方との遭遇）<br /> <br /> 廃墟内で、住んでいるかたと遭遇するのは、珍しい事では有りません、住んでいた形跡と合わせると、こちらの確率の方が多いぐらいです。左の２画像ともそうですが、まるで数分前まで、人がいたような状況です。私も、いままで何回か、遭遇しましたが、そのうちの１回は、４人に取り囲まれて大変な事になりました。<br /> <br /> あなたが女性で、廃墟の綺麗な写真をとるも目的の為に、単身廃墟に潜入したと仮定しましょう。写真を取る事に夢中になったあなたは、気が付くとこんな部屋に迷い込んでしまいました。後で物音が、振り向くと２人の男がにやにやしながら立っています、いくら大声で叫ぼうと、ここは、社会から隔離された廃墟です。しかも、部屋にはご丁寧に布団まで敷いてあります・・・。これ以上はエロ小説になってしまいますので・・・。<br /> <br /> また、あなたが空手の有段者で、とても強いと仮定します。そこで、数人の住んでいる方に出会ってしまいました。友達の前でかっこいい所を、見せようとしたあなたは、本気で住んでいる方を、殴ってしまいました。倒れたところに、先ほどのガラスの破片が落ちていて、見事に後頭部に刺さってしまいました。「過剰防衛」「障害致死」、あなたは強くてかっこいい事を証明する事は出来ました。でも、貴重な時間の多くを不自由な空間で過ごす事になります。<br /> <br /> 失礼な話ですが、廃墟に住んでいるような人は、もはや失う物は何も有りません。普通の人が社会的な地位を失う事を理由に、出来ない事でも、平気でやります。そのことを心に刻んでおいてください。<br /> <br /> 某廃墟オフの主催者Ｕさんと前述のＫさんが、２人で廃墟に行った所、朝鮮の方に追われているという武装した、サイコな青年に遭遇してしまいました、２人とも、体力の有る年齢層の男性だったので大事には至りませんでしたが、かなり貴重な体験をできたそうです。<br /> <br /> 廃墟サイトの女性管理者Ｍさんは、必ず廃墟に行く時は、男性に一緒に同行してもらっているそうです。<br /> <br /> ちなみに、住んでいる方も、当然非合法とわかっていますので、特に何かが無い限り向こうから、避けてくれます。彼らの生活空間を侵害しないように注意しましょう。<br />  （消火器）<br /> <br /> 廃墟のホテルや旅館等でよく見かけるのが消火器。法律で設置が義務付られてている為、特に珍しいものでも無いのですが・・・。これを見るとつい、撒き散らしたくなる気持ちもわからないでも有りません。私も、中坊の時代ふざけて撒いてしまい、先生に脳みそがとろけるほど怒られました。<br /> <br /> さて、ここは怒る先生も存在しない廃墟です。あなたが、そこで消火器を発見したと仮定しましょう。もう、撒き散らしたくて手がプルプルと震えています。その気持ちを制止する理性が、負けてしまった瞬間レバーを強く握り締めます。バンッ！！という轟音を薄れ行く意識の中で聞いたような気がします・・・。<br /> <br /> 見た目には、普通に見える消火器も、実は長い年月で、底が錆びていて強度が劣化している場合が有ります、刺激を与えられた消火器の底は抜け、その内容物は一気に底から噴出します。後は、弾頭に火薬の入っていない、ミサイルやロケット弾と同じです。至近距離から、数キロの重量のある砲弾型の金属の直撃を受け、下顎は粉々に砕け散ることでしょう。勿論死に至る事も考えられます。<br /> <br /> 勿論、そんな事が起こらず、初期の目的を達したとします。消火器の粉が廃墟の窓や隙間から外に流出ます。客観的に外から見ると、まるで煙が出ているようです。周りの住人は、当然、消防や警察に通報します。自分の家に火が移ってはたまりませんから・・・。あとは（法律）の所を読んで下さい。<br /> <br /> （消火器の画像下）隊員１号提供<br /> <br /> 画像提供　内田様 （野犬）<br /> <br /> 幸いにして私はまだ、廃墟で野犬に遭遇した事は有りません。<br /> 万が一遭遇した場合、素手で対抗するのはまず不可能だと思います。<br /> かつて当ページに「裏装備」のコーナーが有りましたが、内容が１部の方に理解していただけなかったようなので削除してしまいました。<br /> <br /> 実際に、和歌山の有名廃墟で、関西の廃墟系サイトのＨさんやＪさん、神奈川の「某村」でＰさん等が遭遇しております。<br /> <br /> かつての「裏装備」は過剰装備かも知れないとお思いでしょうが、装備していて法に触れるものでも有りません。使わなければそれで良いでは有りませんか。<br /> ただ、警察官などに、発見された場合は、かなり誤解を受けると思います。<br /> <br /> （追記）０１．９．２６栗田様より<br /> 野犬や猛獣には鞭が有効です。空を切る「ぴゅっ」「ぶん」という音や地面を打つ「ぱしっ」と言う音は威嚇効果抜群です。数発当てると大抵は逃げていくかおとなしくなります。　物としてはビニールの飛び縄、よくしなるゴムやプラ製の細い棒、布ガムテープをよじったものを50〜120cmにしたものがよいでしょう。<br /> これだと誤解を受けることもないと思います。<br /> <br /> いかにも刺さりそうな廃墟の<br /> 釘の画像募集中 （木片等から突き出た釘）<br /> <br /> これは、かなり重大な問題です。廃墟内の釘は、ほぼ１００％錆びています。<br /> それが、あなたの足の裏に刺さっていく感触を想像してみてください。<br /> 装備のページ等でも、基本的にはスニーカーで大丈夫と書いてありますが、あれは嘘です。スニーカー程度のソールのゴムなど、垂直に立った釘の前では、全く無力です。<br /> <br /> 前出のＭさんは、廃墟で釘を踏んでしまい、エアクッション入りのスニーカーのエアチューブが破れてしまったそうです。この前の当サイトのオフでご一緒した、Ａさんもやはり釘が、ソールを着き抜け刺さってしまいましたが、幸い親指と人指し指の間だったため、怪我は有りませんでしたが、あと数センチずれていたらと、青ざめていました。オフロードバイクで廃墟を巡っているＰさんは、トレッキングシューズを履いていたのにもかかわらず、つま先に釘が刺さって、軽傷を負ってしまったそうです。<br /> <br /> 破傷風の噂のある「某有名島」で、足の裏に釘が刺さったらと想像するだけで恐ろしくなります。今後、廃墟の探索を継続して続ける予定のある方は、軍用ブーツをお勧めいたします。誤解を受けやすいのですが、安全靴とは全く別物です。防御力という意味では、大差は有りませんが、ソールの滑りにくさが段違いです、安全靴はスニーカーより滑ります。<br /> <br /> 少し前のアメリカ陸軍採用品のレプリカなら、安全靴と同じ位の金額で購入できます。保険と考え、是非、検討してみてください。<br />  （ドア）<br /> <br /> ドアがしまってしまい、廃墟の密室から出られなくなってしまった。その上、この部屋は５階で、窓からの脱出も不可能・・・。山中の廃墟なので、携帯も圏外。２日目に、誰かが来たので、内側からドアを叩き、助けを求めるが、彼らは「出たー、お化けだー！」と叫び声を上げ走り去ってしまった・・・。<br /> 前述の裏装備「○ール」が有れば、何とか脱出できると思います。<br /> <br /> 実際に考えられるのは、ホテルのオートロック。内側のドアノブが破壊されてしまって、存在しない又は、機能しない場合、間違い無く閉じ込められます、同行者がたまたま外にいれば、外側から開けてもらえますが・・・。<br /> <br /> 廃墟界の重鎮、自転車で廃墟を巡っているＨさんは、いつもドアストッパーを携帯し、廃墟内の部屋に入る時は、必ずドアにはさんでいるそうです。<br />  （昆虫、蛇等）<br /> <br /> 廃墟は、比較的自然が多いところにある為、夏は昆虫天国です。しかし、残念なことに植物が生い茂った夏こそ、廃墟の美しさが際立つのも事実です・・・。<br /> <br /> とりあえず「蚊」については、虫除けスプレーなどで凌いで下さい。それに、刺された所で痒いだけで我慢すれば良い事です。<br /> <br /> 左の画像は２つとも「蜂」です。上は、東北の巨大鉱山の廃墟ですが、この消火器入？のような物が蜂の巣になっていました、そうと知らない私は、これに触ってしまい無数の蜂に襲いかかられてしまいました。幸いフード付の長袖を着ていたため、フードを被り軍手をした手で顔を覆い逃げたので、大事には至りませんでした。したの画像は近代建築で有名な廃墟の巨大なスズメバチの巣です。この時はまだ、初春のため活動していなかったので何事も有りませんでいたが、これが夏だったら・・・。<br /> <br /> 当サイトの隊員Ａさんも某鉱山で、蜂に追いかけられ逃げる途中で、崖から転落してしまい、軽傷を負ってしまいました。<br /> <br /> あとは「蜘蛛」等も怖いです。神奈川県に会社の後輩と廃墟探索に行ったときに、デジカメでファインダー越しに廃墟の外観を撮影していて、そのまま、気づかずに蜘蛛の巣に顔を突っ込んでしまいました、後輩が青ざめた顔で「栗原さん顔に・・・」と指を刺します。なんと顔に巨大な蜘蛛が・・・。チクッと痛みを感じて、手で蜘蛛を払いのけましたが、次の日に下唇がいかりや長介のようになってしまいました。その日は貴重な有給を使ったのは言うまでも有りません。<br /> <br /> 時期によっては「蛇」の出ます。普通の蛇だったら大丈夫ですか、マムシ等の毒蛇にかまれでもしたら・・・。まさか、血清を常備している方もそう多くは無いと思います。<br /> <br /> そのほかにも「ゴキブリ」「船虫」「カマドウマ」・・・。これらを克服して、廃墟の美しさを始めて感じる事が出来るのです。都会育ちのあなたに、それが耐えられますか？？冷房の効いた部屋で「廃墟遊戯」でも見ていたほうが良いのでは・・・。<br />  （廃墟内部残留物）<br /> <br /> 前に、当サイトの掲示板で語られた病院の廃墟内に置き去りにされたレントゲン等に残留している「放射性物質」も、今のところ結論は出ていませんが、少量でも「被爆」する事が考えられます。<br /> <br /> 廃墟は総じて古い建物で、壁などが人為的にまた、自然に破壊されている事が多いです。当時はまだ、規制されていなかった「アスベスト」は勿論のこと、最近有名な「ホルムアルデヒド」や「キシレン」「パラジクロロベンゼン」等、沢山の発がん性物質が、破壊された壁の内部から流出して、空気中に舞い散っています。<br /> <br /> そこで大きな口を空けて奇声を発しながら、格闘家にでもなったつもりで壁に蹴りを入れている、あなたの肺の中に素敵な物質が吸い込まれていく事でしょう・・・。後から来る、廃墟フリークのためにも、なるべく多く吸い込んでいってくだされば非常に助かります。<br /> <br /> 湿気の多い物件には「カビ」が部屋一面に生えている事も有ります。多分胞子が大量に舞っている事でしょう・・・。まともに吸い込んだら吐きます！！<br /> <br /> 「強盗」事件の状況を説明する。管理者 （警察に届ける）<br /> <br /> 廃墟内で、事件に遭遇した時は、とにかくきちんと警察に届け出てください。<br /> 私も今まで「死体発見」&times;１「強盗」&times;１に遭遇しましたが、両方とも届けています。その際、廃墟に不法侵入した事について何のお咎めも有りませんでした。<br /> ただし「何でこんな所に入ったんだ？」とは、聞かれましたが「廃墟を探検するのが好きなんです」と正直に話しました。<br /> <br /> 「死体発見」も次の日に遺族の方から、お礼の電話を頂きました。行方不明で捜索願を出していたそうです。<br /> 「強盗」も逃走した車両のナンバーを覚えていたため、１時間後に逮捕されました。<br /> <br /> 自分も、廃墟に潜入という違法行為を行っている、という意識から「死体」を届け出なかったら、下手したら自分が疑われます。「強盗」も泣き寝入りしてしまったら、犯人は味をしめてまた繰り返し犯行に及ぶかもしてません。<br /> <br /> なかなか、難しいかもしれませんが「冷静に対処」して下さい。<br /> <br /> ２つ上の画像でも「オーブ」が写っていますが、<br /> 暗闇の中で写したほうがよりそれっぽく写ります（笑）。<br /> 左の手はまちゅさんの手です。 （オーブ、オービス）０１．１１．２４追加<br /> 直接の肉体的な危険では無いのですが、ある意味精神な危険も怖いものが有ります・・・。<br /> <br /> 某無人島炭鉱の地下で写真を撮りました！！地下炭鉱で亡くなった強制労働者の霊のせいか「オーブ」が沢山写っています。お払いを受けたほうがいいのでしょうか？？この島から帰ってきてから体の調子が悪く、霊障でしょうか？<br /> と思う方はどうぞ「エセ霊能者」に高いお金（無駄金）を払ってやって下さい。<br /> <br /> 最近よく「オーブ」だかなんだかと「丸い発光体」に大騒ぎしていますが、あれはデジカメのレンズが小さいために、フラッシュをたくと、レンズの前に浮遊している、ほこり（廃墟内は換気していないので凄い）や雨の日の雨粒が反射して写ってしまったものです。心霊とか全く関係有りません。私などは、写ってしまった時などは、ウザイので撮りなおします。「○○物件の○番目に写っていますが、管理人さんは気が付いていないのでは？」等と教えて頂きますが、わかっていますので心配には及びません。<br /> <br /> 何度も言いますが、こういう物を信じる方は、自己暗示にかかり体調が悪くなったりしますので、無駄金を払うのが好きな方以外は、廃墟に行かない事をお勧めします。<br />  （火気）０１．１１．２４追加<br /> <br /> 最近公開した「廃墟＆心霊」をテーマにしたサイトを見てビックリしました！！なんと蝋燭を持って暗い廃墟を探索しているでは有りませんか・・・。「蝋燭を持っている」という事は、「ライターを持っている」とは似ているようで、意味が全く違います、完全に確信犯です。まあ、「懐中電灯を忘れたからライターで明かりを取ろう」と言う考えは褒められた事では有りませんが、悪意は無いはずです・・・。（でも、危ないからやめましょうね）しかし、蝋燭を持っているという行為は、明らかに用意してきた物です。<br /> <br /> さて、あなたが面白い「廃墟のサイト」を立ち上げようとします。場所は心霊でも有名な通称「幽霊ホテル」！！「きっとここで、蝋燭を灯して探検すれば、雰囲気が出て大量アクセス間違いなし」と考えたとします。特に地下室等の雰囲気なら、いい感じの画像が撮れる事でしょう。さて、お目当ての地下の機械室にたどり着きました。整然と立ち並ぶ機械がコンクリート剥き出しの壁の前に、錆びた骸を晒しています。「なんか変な臭いがするな？」と思いながらも、あなたは、手に持ったわざわざ用意した蝋燭に火を点けようと、ライターを点火！！眩い閃光の後に、轟音を聞いたような気がします・・・。そのレポートは永遠に公開される事は無いでしょう。<br /> <br /> 廃墟の地下は、危険が一杯です。特に機械室は、ボイラーが置かれていることが多いため「石油類」備蓄タンクがほぼ有ります。使われ無くなって十数年・・・。タンクが劣化して隙間から漏れ出した、石油類が気化して、部屋の中に蔓延している可能性も無いとは言い切れません。建造物の地下に限らず、廃鉱等でも、ガスが発生しているかも知れません。<br /> 初心者が陥りやすいミスなのですが、廃墟内の空間で、火の明かりによって、辺りを照らす事は不可能です。火の光源が明るすぎて、周りが逆光の様に見えにくくなってしまいます。爆発しないまでも、怪我をする確立が格段にあがってしまいます。近くのコンビニに懐中電灯が売っています。少し、遠回りになってしまいますが、買いに行くか、探索を諦めるか選択して下さい。<br /> <br /> 蝋燭の使用は、当然ですが、煙草なども絶対に止めましょう！！<br /> <br /> 一番下の画像を「蜥蜴第三の眼」のリザードさんより頂きました。なんと廃墟内を「松明」で探索したようです。もはやコメントすら思い浮かびません・・・。原始人も廃墟を探索するんですね・・・。<br /> <br /> <br /> （2002.06.30追加）<br /> <br /> （画像成瀬さんより提供） （鳩の糞）０２．０６．３０追加<br /> <br /> 「北海道の建物」の成瀬さんからの情報です。<br /> 鳩の糞にも断定は出来ませんが、発がん性物質が含まれているそうです。そうじゃないにしても、かなり体には良くない感じがします。確かに廃墟内（特に高層建築廃墟の上階）に大量の鳩糞が蓄積されています。まさに鳩糞塚状態！！極力息を止めるなどした方が良いかと思います。<br /> まともに臭いを吸い込んだら一食ぬけるかも（笑）。<br /> <br /> 以上の、話は全て「廃墟探訪」１５年間の私の実体験に基づいて作成した「廃墟内災害」の例です。その他にも、沢山の廃墟の管理者の方々から、教えていただいた、貴重な体験談も実例に加えています。信じる信じないは、読んだ方の判断にお任せいたします。<br /> ただし、普通の暮らしに比べれば、廃墟内で上記の「災害」に遭遇する確率は、格段に上がります。再度警告します、本当にあなたは、ここまでにリスクを背負って「廃墟」に行きたいのですか？ネットや写真集だけ見ていれば、廃墟の「影」に触れる事は有りません。また、廃墟の影に触れる事によって、あなたの人生を左右しかねない状況に陥る可能性も有ります。災害にあわぬように、細心の注意を・・・。<br /> （今後、実体験や、経験談等で、項目を増やしていきたいと思います。廃墟のベテランの皆様、是非ご協力お願い致します。）</p>   <p><cite><a target="_blank" href="http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/hazard02.html">廃墟ＨＡＺＡＲＤ</a></cite></p> </blockquote>  <p>&nbsp;</p> <p>松浦彰夫　拝</p> <p><iframe scrolling="no" frameborder="0" src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=000000&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=colorswillfda-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=4872572890" style="width: 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    <title>テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）4</title>
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    <published>2010-02-20T20:00:00Z</published>
    <updated>2010-02-20T19:53:50Z</updated>

    <summary>１９４９年以前の時期において最も有名な粛清は、１９４２年６月に延安で最も優秀な共...</summary>
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        <name>倉橋正幸</name>
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<![CDATA[<p>１９４９年以前の時期において最も有名な粛清は、１９４２年６月に延安で最も優秀な共産党知識人を襲うことから始まりました。１５年後に毛沢東が全国レベルで行ったのと同じように、まず２ヶ月の間きわめて大幅な批判の自由を許可しました。そして突然、すべての活動家は、男女平等の形式主義を告発していた丁玲（ていれい）と芸術家のために創造的の自由と権力にたいする意見具申の自由を要求していた王実味（おうじつみ）の二人に対して、「闘争する」よう「促され」ました。力つきた丁玲は自らをおとしめる自己批判を受け入れ、屈服しない王を攻撃しました。共産党を除名された王は投獄され、処刑されたのでした。１９４２年２月「文芸講話」の中で展開された知識人の政治への服従という教義は、以後、法律に等しい価値を持つことになったのです。<br /><br />１９４３年７月、粛清は再燃しました。活動家たちを保護するという大義名文をもった「搶救運動」（そうきゅううんどう）の中心人物は、政治局員の康生（こうせい）でした。黒い馬に乗り、黒い犬を連れ、ソビエトのNKVDで教育された康生は共産主義中国で最初の本物の「大衆キャンペーン」を組織することができたのです。つまり、批判と自己批判の全面化、自白に至る選別的逮捕、殴打を内実とするキャンペーンであり、毛沢東の思想を高める運動でした。逮捕、拷問、死亡が広がり、毛沢東は「スパイは毛皮の毛の数ほど大勢いる」と断言し、党指導部が不安を覚えるほどでした。<br /><br />それまで度々ありましたが、毛沢東は豹変して「われわれは誰一人ころしてはならない。大部分は逮捕されるいわれさえな買った人々だろう」と宣言しました。こうして運動は最終的に中断されたのです。１９４４年４月、毛沢東は高級幹部の集会で謝罪し、無実の犠牲者達を称えて三度頭を下げ、拍手喝采を浴びました。毛沢東はテロルで人気を失いはしましたが、その分だけ、人心に恐怖を植え付けたのでした。<br /><br />参考文献：共産主義黒書　コミンテルン・アジア編<br />第二部　アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ<br />第一章　中国<br />テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）<br /><br />ナチズムの犠牲者約２５００万人に対し、共産主義により殺された人数は１億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか？<br /><br /><a href="http://a-meet.net/crescendo/cat133/">共産主義黒書　第一部はこちら Crescendo</a></p>]]>

<![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://blog.with2.net/link.php?767039"><img alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_13.gif" border="0" height="15" width="80"></a>&nbsp;<a href="http://b.hatena.ne.jp/append?http://jyoudou.net/blog/2010/02/4.html"><img src="http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry.gif" width="16" height="12" style="border: none;" alt="はてなブックマークに追加" title="はてなブックマークに追加" /></a><a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/http://jyoudou.net/blog/2010/02/4.html"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://jyoudou.net/blog/2010/02/4.html" alt="はてなブックマーク - テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）4" title="はてなブックマーク - テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）4"></a>&nbsp;<a href="http://twitter.com/home?status=RT@jyoudou テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）4 http://jyoudou.net/blog/2010/02/4.html"><img src="http://jyoudou.net/blog/images/btnTwitter.gif" width="16" height="16" alt="Twitterに呟く" title="Twitterに呟く" /></a><a href="http://twib.jp/url/http://jyoudou.net/blog/2010/02/4.html"><img src="http://image.twib.jp/counter/http://jyoudou.net/blog/2010/02/4.html" alt="retweets - テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）4" title="retweets - テロルと切り離せない革命（１９２７ー１９４６）4" /></a></p>]]>
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