最近話題のネット小説?の、『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』通称『まおゆう』を読んでいる途中です。これが面白い。
ドラクエのように勇者が魔王を倒しにいったら、魔王はか弱い女の子で、戦争を止めるように説得されてしまった、という話です。
最近話題のネット小説?の、『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』通称『まおゆう』を読んでいる途中です。これが面白い。
ドラクエのように勇者が魔王を倒しにいったら、魔王はか弱い女の子で、戦争を止めるように説得されてしまった、という話です。
「子ども手当」という法律では、お金を配る対象は日本人だけじゃないようです。出稼ぎ外国人や留学生にも子供がいれば配るし、子供が外国にいても配る。養子が1000人いたら人数分配る。
誰だ、こんな穴だらけの法律を考えた奴は。政治家と官僚は阿呆ばかりなのか?
東京都の青少年健全育成条例の非実在青少年がにぎやかなので目立たないですが、「子ども手当」のことも真剣に考えましょう。
厚生労働省に「子供手当」について聞いてみた。有志よりの報告を以下、簡潔に記す。厚生労働省-雇用均等・児童家庭局-育児環境課-児童手当管理室の見解である。
問:該当する外国人家庭に子供一人当たり年間幾ら支給されるか?
答:22年度案によれば、月額1万3千円、年額15万6千円。 23年度以降は、月額2万6千円、年額31万2千円。
問:「所得制限無し」というのは本当か? 答:本当である。
問:必要な条件は「住所のみ」というのは本当か? 答:基本的には住民票のみ。
問:実子でなく「養子でもよい」というのは本当か?答:本当である。法的に養子は「実子と同等」。
問:国外の子供にも支給されるのか? 答:支給される。
問:該当する在外子弟が激増した場合、如何なる対処をするのか?答:現状では考えていない。
問:在外子弟を含めて、外国籍の者に手当する根拠は何か? 答:法の下の平等によるが、今後の検討課題としている。
問:国家の経済が破綻しても、なおこれを行うのか? 答:今後の検討課題。23年度の本格実施時に詳細を決定する。
問:母国に100人の養子を持つ人物に支給する年額は幾らか? 答:22年度は1560万円。23年度以降は3120万円。
問:1000人の孤児と養子縁組をしている孤児院経営者が日本に住所を持った場合、彼等全員に子供手当が支給されるのか?
答:法的には年間1億5600万円、23年度以降は3億1200万円、支給される。
問:如何なる「歯止め」も無いのか?答:法的には無い。ただし施設の場合の例外等、運用面での検討、及び実態調査の厳格化などが考えられる。
問:これらの財源は何か? 答:税金である。
問:消費税に換算して何パーセントのアップになるのか? 答:数%に相当するだろう。
問:それを日本国民が負担せねばならぬ理由は何か? 答:今後の検討課題である。
理由が検討課題w。
子ども手当の支払い要件は児童手当の要件をとりあえず引っ張ってきたため
外国人は永住外国人とかではなく、短期在留外国人の子どもでもいいのだそうです。
「子供を本国に置いてきた出稼ぎ外国人労働者」や、「留学生」までもが対象。
児童手当は5000円。子ども手当は26000円。
もう無茶苦茶。
「本国で養子縁組して、仕送りしながら暮らす。」
という外国人が多発するでしょうね。
僕たちは必死に納税して、恵まれない子どもたちを養うことになります。
イエーイ。
松浦彰夫 拝
『誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義: 松岡正剛』を読みました。概要と感想を書きます。千夜千冊の方です。
本書の概要は、あとがきにありました。
近現代史の「まちがい」がどこからおこったのか、そこをさぐっていくという語りかたに徹してみました。そのため本書では、多くの読者にはやや意外かもしれないであろう「イギリスのまちがい」ということをあえて示してみました。イギリスが犯罪者だというのではありません。イギリスは議会も株式会社もジャーナリズムも小説も産業技術も作ったんです。近代社会がその恩恵に浴しているモデルの多くがイギリスの発明です。
ところが、これらを世界に撒き散らさないと、イギリスは覇権を握れなくなった。そのため植民地を経営し、奴隷を発明し、三角貿易を定着させました。直播きです。直営です。それを百歩譲って、当時の世界経済の繁栄としてやむをえなかったとしましょうか。しかし、そのうちこのモデルは世界中が擬似的に共有するものとなってしまっていたんです。とくにそのイギリスからの移民によって自立したアメリカが、この覇権を継承すると、世界中が同一のルールとロールとツールを使うようになっていきました。
これは「まちがい」です。こんな歴史はかつてあったタメシがありません。だから、ここはよく考えなおすべきところです。ヨーロッパ諸国は、私が知るかぎりはこの「まちがい」を20世紀になってから何度かにわたって反省し、検討してきたように思います。その成果のひとつがフッサールやアドルノの現代思想や、カフカやベケットの文学となり、EUの試みやアート・ムーブメントになってきた。それを一言で言えば「自由と国家と資本主義」の新たな組み替えということでしょう。本書は、こうした「生みの苦しみ」のあとを辿ったものとも言えるかもしれません。
残念ながら、日本はいま「まちがい」を巨視的にとらえていないようです。互いの「なすりあい」に終始していて、疲れがでています。困ったことですね。
誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義 おわりに 苗代の知恵 P466
イギリスが作った近代世界システムの間違いを考え直そうということのようです。
そして、近代とは「代理の社会」だそうです。
私は、そもそも近代社会というのは「代理の社会」だというふうに思っています。
自分で政治もしないし、料理もしないし、洗濯もしない。政治は代議士にしてもらい、洗濯はクリーニング屋に頼み、旅行は旅行代理店に組んでもらう。法律のことは弁護士にまかせ、食事もレストランのシェフのものを食べ、教育は先生方に面倒を見てもらう。企業も財政面を銀行に見てもらい、その宣伝は広告代理店に代理させていく。
これが近代社会の実態です。なにもかもが他人のつくる機関にまかせていく。そして、大衆はそれに文句をつければいいということになっていく。こういう「代理の社会」をつくったことが、ネーション・ステートのもうひとつの特色だったわけです。
すべての代理がよくないということではありません。「まちがい」とも言いません。政治や法律や教育や医療は、代議士や弁護士や教師や医師にまかせてもいいでしょう。けれども、そこには限界もあるし、失敗もあるし、過剰や不足もあるのだから、目を光らせるだけではなく、ときには自分で引き取る覚悟を持っていたほうがいい。
その代理性が、20世紀後半ではついに米ソによる「代理戦争」にまで究極化していったわけでした。2つの大戦の戦禍や原因など、国家においてはなにひとつ反省されていなかったんですね。
こんな「代理の社会」がこのまま、21世紀の政治や経済の理想モデルになるかといえば、とうていムリでしょう。私はそれをせめて「編集の社会」にしていくべきだと思っています。「代理を編集で取り戻せ」ということですね。
誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義 第10講・・・資本と大衆の時代 冷戦時代のポリティクスーー代理社会の代理戦争 P392
近代は「代理の社会」であり、エスカレートして「代理戦争」にまでなってしまった。
筆者は、近代の間違いに対して「苗代」という方法で対処しようと提案しています。苗代は梅雨を挟んで稲を丈夫に育てるよう工夫した方法で、「依代(よりしろ)」「憑坐(よりまし)」「物実(ものざね)」という考え方のルーツのひとつになっていたそうです。これらは、そこに何かがやってきたり、着いたり、宿ったり、育ったりするとても小さな「座」「棒」「柵」のようなものだそうです。日本の稲作はダイレクトに育てず、苗代という仮の場所に種をまいて、2段階で育てる。
他国から来た異質なものも、いきなり全面的に受け入れず、まず小さく育ててみて吟味する。その段階で日本に合うものに「編集」して取り込むという方法を、筆者は提案しています。
一理ありますが、「苗代」は受け入れる側の方法論だけなので、外に広げていく側の方法論は別に構築する必要があると感じました。
「苗代」は農業のランドパワーの方法です。日本は島国なので、海を上手く使うというシーパワーの方法があります。日本は外交下手といいますが、土地をもってそこに引きこもるという発想で、内向きになってしまっています。海は物資の輸送に便利です。徳川時代に鎖国したおかげで、山田長政のように東南アジアに進出した日本人が途絶えてしまいました。それが続いていたら、日本人には国際感覚があふれていたと思います。
本書では方向性が違いますが、「海の民」についての記述がありました。「水軍」などでしょうか。
世界にはいろいろ共同体のモデルがありえます。けれどもアジア的な共同体というと、そんなに多くのモデルにはなりません。①生態適応型の共同体、②ネットワーク型の共同体、③大文明型の共同体、おおざっぱにそのくらいでしょう。
①は、たとえば東南アジアの山地やジャワや日本の農村部にかつてはよく見られました。いまではこれを「エコ」などと言いますね。②は、「海の民」や「草の民」がつくってきた共同体です。ネットワーク的に動いていく共同体モデルです。③は、中国の社稷(しょしょく)共同体やインドのカースト制がつくってきた。しかし、こうしたアジアの共同体も、いまでは各地でいちじるしい変更や修正をうけてしまっています。
ということは、これらのどの共同体のモデルがいいかということではなく、いま残っている母型や単位をさまざまに共存させていくことが必要だということです。そういう「編集方法」を考えなければならないでしょう。
誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義 第11講・・・日本の苗代をとりもどしたい 日本人の「ものの見方」 P432
「海の民」はネットワーク型の共同体ということです。コミュニティに閉じこもらずに外と積極的に関わっていくという意味だと思います。日本の活路は、海路にこそあるのでは無いかと思う訳です。
松浦彰夫 拝
個性が大事といいますが、この話を読むと「好きな事を貫くのが個性」というのは少し違うみたいです。考えさせられます。
「天命に従って人事を尽くす」に似ているかもしれないですね。お客さんの客観の集合体が天命であり、お客さんに奉仕し満足してもらえれば、人気が出る。 人気というのは、それこそ雲をつかむような、砂上の楼閣のような、いつでも危ういものかもしれません。
「結局は自分の好きなことを貫き通したやつが勝つ」というのはよく言われることだ。そしてお笑い芸人を目指している生徒たちも、たいていはそういうもんだと信じていて、自分の好きなお笑いを貫こうとする。自分が面白いと思うネタを作ってくる。自分がやりたいお笑いをやる。
しかし、そういう生徒はことごとくウケないのだ。学校では月に一度、生徒たちによるライブを開催していて、そこでは見に来てくれたお客さんによる人気投票も行われているのだけれど、自分の好きなことを貫き通した生徒から順に、人気投票の下位から並んでいくのである。
それは一度や二度ではない。毎度そうなのだ。それで、さすがのぼくもそのことに気づき、「ははあ、自分の好きなことを貫き通したやつが結局負けていくのだな」というのを知るに至った。また、自分で理解しただけではなく、生徒たちにもくり返しそれを教え、伝えてきた。
すると生徒たちも、初めは「何をわけの分からないことを言っているのだろう」と訝しげな顔をしていたものの、やがてライブを重ねるうちに、自分自身に残酷な結果が降り続くようになると、「どうやらあれは正しいらしい」と納得せざるを得なくなってくる。
但し、それが納得できたからといって、人間、なかなか自分のやりたいことを捨てきれないのもまた道理。授業の中で、あるいはそれ以外の場所でも、くり返し自分の好きなことを貫かないよう指導しているにもかかわらず(また彼らも頭ではそれを理解しているにもかかわらず)、長年違うふうに教わってきたため身体が反応してしまうのか、あるいは自分の好きなことへの執着が強すぎるせいなのか、なかなかその状態から抜け出せないのだ。自分の好きなことを貫くのがダメな理由
ではなぜ自分の好きなことを貫き通すと負けてしまうのか?
ぼくの分析したところでは、その理由は大きく分けて三つある。
一つは、自分がそれを好きでやっているということは、裏を返せばお客さんへの奉仕の気持ちが足りないということになり、それを見透かされて、お客さんの気持ちを萎えさせてしまうということがある。
お客さんというのは傲慢で、またとても残酷なところがあるので、奉仕の気持ちが足りないと見えてしまった瞬間に、舞台の上の芸人に幻滅し、興味をなくしてしまうのである。
「あ、この人は私にサービスするつもりはないのだな。自分だけが楽しんでいるのだな」
そう思われたら最後、お客さんの心が暖まることは二度となく、以降、そこでどんな内容のお笑いがくり広げられようと、ほとんど笑ってくれなくなるのだ。
二つ目は、舞台というのはお客さんとともに作り上げていく「共同作業」という意味合いが強い——というのがあるだろう。
「ライブは生もの」と言うが、あれである。どんなに面白い演目でも、お客さんの反応が薄ければ、演じている側のマインドに響いてしまって、上手くいかなくなる。調子が出なくなる。またそれを引きずってしまうようになる。だから、舞台の上の芸人というのは、どんなに自分が好きなお笑いを演じていようと、お客さんの反応が薄ければ、とたんに萎縮したり、自信を失ったりして、負のスパイラルに陥り、とたんに面白くなくなるのだ。
その点では、舞台というのは他の(お客さんの反応がダイレクトに見えない)メディアとは違って、自分の好きなことを貫き通すのがより難しいということができるだろう。
そして最後の三つ目は、これが一番重要なのだが、「人間というものは、本来的には『人に喜んでもらうこと』を至上の喜びとして感じる生き物だ」ということがある。
人間は、本来的には「社会的な動物」なので、ほとんどDNAのレベルから、「他人に喜んでもらうことこそ本当の喜び」だというふうにプログラムされている。だから、自分の好きなことを貫くことは本来的な喜びとはならないはずなのに、生まれてきてからの誤った教育のせいか、そのことを忘れたり、考え違いをしてしまっている人間が多いのである。
実は昔のぼくもそうだったのだが、「人間は自分の個性を貫くことがだいじ」であるとか、「考え方は人それぞれ」とか、「当人の気持ちは他人には絶対に理解できない」など、自分というものをだいじにしすぎた結果、いつの間にか「例え他人に理解されなくても、人間は自分の好きなことを貫いた方が幸せなのだ」と勘違いするようになってしまっているのだ。
しかし、誰でも深層心理のレベルでは「本当は自分の好きなことを貫くことよりも、たくさんの人に喜んでもらうようなことをやりたい」と思っているから、そこで思いの齟齬が生じてしまうのである。アイデンティティが損なわれるのだ。気持ちが引き裂かれて、心がバラバラになってしまうのである。
そのバラバラの心を引きずったまま舞台に立つから、結果的に中途半端な、どっちつかずのネタになるのだ。これでは、どんなに頑張っても、面白いものなどできるはずがないのである。
ではどうすれば自分の好きなことを貫かないで済むようになるのか?
しかし、この状態をあらためることは本当に難しい。しかしあらためないことには前に進めないので、ぼくにとっても、またそれを抱える生徒たちにとっても、今や深刻な問題として立ちはだかるようになった。
そういう時にぼくがくり返し言うのは、「まずは自分を捨てる勇気を持て」ということだ。そしてドラッカーの著作の中でもくり返し述べられている「顧客からスタートする」というのを肝に銘じろ、ということである。
ぼくはいつも、みんなにイメージしてほしいと言うようにしている。満座の観客が、自分のネタで大笑いしている場面を。そして、それを舞台の上から見ている自分を。
その時あなたは、どういう気持ちになりますか?
その時あなたは、喜びを感じているだろうか?
もしその時、あなたが喜びを感じているのだとしたら、そこからスタートして下さい。その笑顔を引き出すことの喜びを目標に、ネタを作って下さい。そうすれば、自ずから自分を捨てる勇気を持てるし、「顧客からスタート」することもできる。そうして、自分の好きなことを貫かないでも済むようになるのだ、と。
結局、「自分の好きなことを貫かなかったやつ」が勝ちなのである。これは、お笑いに限らず、舞台の上に立つ者全てに当てはまる真理である。
「顧客からスタートする」ということ
『THIS IS IT』
この映画を見ると、いかにマイケルが「顧客からスタート」しているかがよく分かる。コンサートのリハーサル中、彼は何かあるとすぐにファンのことを口にするのだ。彼はいつも、ファンの思いからスタートしているのである。いつでも、お客さんが喜ぶことを貫こうとするのだ。それが、マイケルが勝利したことの最大の要因である。
また、これらの本にも、そのことが書いてあります。もし良ければ読んでみて下さい。
『怒る企画術!』
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
松浦彰夫 拝
銀河英雄伝説において自由惑星同盟を滅ぼす原因となったのは、アンドリュー・フォークという自由惑星同盟の大本営参謀でした。
アンドリュー・フォーク(Andlew Fork)
(声:古谷徹)
准将。同盟滅亡の原因を作った一人。士官学校を首席で卒業(スーン・スールと同期)した秀才だが、傲慢で、自信過剰で、極めて独善的、才能を示すのに実績ではなく空疎な弁舌を用い、ライバルを蹴落とす事に情熱を燃やしていた。ヤンのイゼルローン要塞奪取後、栄達心から戦略的に意味の無い帝国領土への侵攻を立案、政治的ルートで上層部に持ち込む。その後の対応も稚拙を極め、ついにアムリッツァでの大敗を招くが、彼自身はビュコックに譴責されて転換性ヒステリー(解離性けいれん、あるいは解離性転換障害)による発作を起して倒れ、入院加療・予備役編入となる。敗戦の責任を問われる事はなかったが精神的異常は完治せず、ついには関係の無いクブルスリーをテロにより負傷させ辞任に追い込み(これに先立って救国軍事会議に参加しており、この凶行は実は彼らに利用されての事である)、軍人としての栄達の道は完全に断たれた。
同盟完全消滅後に起きた精神病院の火事により、死亡したとみなされていたが、実は地球教により拉致されて生存しており(火事はその偽装工作によると見られる)、回廊の戦い後、ヤンに対するテロの実行者になる。実際には囮として利用されたに過ぎず、乗艦ごと吹き飛ばされ、今度こそ本当に死亡するものの、ヤン達の視線を地球教からそらす囮としては成功し、結果的にヤン暗殺が実現されてしまう。
(略)
その驕慢な性格や無能さ、同盟にもたらした数々の悪影響により、ヤン艦隊メンバーのみならず、シトレやクブルスリーも彼を痛烈に批判している。作中には他にも嫌われ者キャラは多くいるが、他の登場人物(及び読者)から悪評が集中した人物という点においては、同盟サイドでは随一である。また、オーベルシュタインやトリューニヒトらと異なり、才能、実績などの面において評価に値すべきものが乏しいため、悪役としての魅力も乏しく、ファンもほぼ絶無である。OVAで声を演じた古谷も、2008年4月8日に笑っていいともに出演した際、今まで声を担当した中で一番嫌いなキャラクターとしてフォークを挙げ、思い入れが全くないと発言している。銀河英雄伝説の登場人物・自由惑星同盟 - Wikipedia
帝国領侵攻作戦
後々まで自由惑星同盟に禍根を残した、帝国領侵攻作戦。この作戦が実施された背景として、以下のようなものがある。
1. 第13艦隊のヤン少将(当時)がイゼルローン要塞を味方の犠牲を出さずに陥落させたことで、同盟全体が勝利に沸き浮き足立っていた。
2. 最高評議会の支持率が下がり不支持率が上がっており、選挙を控えて国民に成果を示す必要があった。
3. ヤンを一方的にライバル視するフォーク准将が、なんらかの個人的成果を示したがっていた。
これらから政治家とフォークは利害が一致し、それを受け入れる世論の土壌があったことがわかる。フォークは個人的なコネで作戦案を最高評議会に持ち込み、これを最高評議会は「軍部からの作戦案」として承認した。話の流れからこの作戦案が、当時のシトレ統合作戦本部長の決を受けていないことは明白であるが、そのようなものが何ゆえに軍部からの作戦案として公式に承認されたかは不明である。
肝心の作戦案は「多数の同盟艦隊で侵攻し」「臨機応変に対応する」という、作戦の目的が全くないものであった。つまりフォークには「軍事行動はそれを実施・成功することにより、政治及び社会目的を達成する助けとなる」という、軍事の常識が全く欠如していたことは明白であり、政治家もその軍事常識を欠いていたと言わざるを得ない。
戦果とは政治目的や戦略を満たす為の道具に過ぎず、戦果それ自体はなんらの目的性を持つものではない。具体的に作戦のなにをもって「成功」あるいは「政治目標の達成」とするものがない以上、また目標・目的の不明確さにより実施に伴う兵力や財政、物資負担がどの程度になるかの算定も困難である以上、さらにはフォークに補給を重視する概念が不足していたことから、作戦の失敗は必然であった。
加えてこれを迎え撃つローエングラム艦隊は周到な焦土戦術を取っており、後方主任参謀キャゼルヌの努力も焼け石に水である。 これらの理由に加えロボス元帥の指揮も精細さに欠いたことで、極端な物資の不足を招き同盟軍は惨敗した。これによって同盟軍は機動部隊の大半を失い、劣勢を決定づけられた。
アンドリュー・フォークの無能で卑劣で小物な点は、以下のリンク先の動画で確認できます。観るとイライラしますので、ご注意ください。
太平洋戦争開戦時の首相で総参謀長を兼任した東条英機や、開戦時の参謀総長である杉山元がモデルになっているのかもしれません。
「太平洋戦争の張本人」
太平洋戦争開戦時の日本の最も中心的な指導者であり、さらには戦時日本体制の構築者として、最も悪い印象を持たれていることが多いとされる。自分を批判した将官を省部の要職から外して、戦死する確率の高い第一線の指揮官に送ったり、松前重義大政翼賛会青年部部長が受けたようないわゆる「懲罰召集」を行う等、陸軍大臣を兼ねる首相として強権的な政治手法を用い、さらには憲兵を恣意的に使っての一種の恐怖政治を行った(東條の政治手法に反対していた人々は、東條幕府と呼んで非難した)[15]。政治上層部では東條英機の政治的立場は盤石とは程遠く、上下に批判者も多く、結局戦時中にも関わらず内閣を潰されてしまうのだが、東條のこの方針は警察行政などでは戦後まで続き、特に庶民間ではナチスの様なヒトラーを頂点とした組織立った言論統制と政治犯の強制収容の社会と同じイメージを持たれ、徴兵制と軍の損耗率の高さ(いわゆる赤紙につきまとうイメージ)と相まって、現代における戦前日本社会に対する暗く断絶的なイメージに連なっているようである。
* 対米開戦をめぐる昭和天皇との以下のようなやりとりは有名である。
帝国国策遂行要領決定時に対米戦争の成算を問われた杉山は楽観的な回答をする。これに対して天皇は「汝は支那事変勃発当時の陸相であるが、あのとき事変は1ヶ月程度で片付くと申したのに今になっても終わっていないではないか」と問いつめた。答えに窮した杉山が「支那は奥地が広うございますので」と言い訳すると、天皇は「支那の奥地が広いというなら太平洋はなお広いではないか」と一喝したと言われている[2]。
* なお、終戦直前に元帥として天皇に意見を求められた杉山は、同じく元帥で開戦時の軍令部総長である永野修身とともに「国軍は尚余力を有し志気も旺盛なれば、なおも抗戦してアメリカ軍を断乎撃攘すべき」と奏上したという。
無能で卑劣で小物な大本営参謀は国を滅ぼすといえます。
ところで、これらは現在の状況、政治や社会に似ていませんか?
民衆の解放を訴えて勢力を拡大した民主党(中国傀儡)と、焦土作戦をとり国家財産を隠匿した自民党(米国傀儡)。
甘い約束を守れなくなった民主党は、前線の兵士を切り捨てています。
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鳩山首相は「事業仕分けの中で、しっかり(予算)つけてもらわないと」と述べた。事業仕分けで相次ぐ科学技術関連予算削減の判定。さらに、ノーベル化学賞受賞者からも不満の声が聞かれた。ノーベル化学賞受賞者の野依良治さんは「不用意に事業を廃止・凍結を主張する方々には、果たして将来、歴史という法廷に立つ覚悟はできているのか」と話した。
沸き起こる不満に対する配慮も感じられる鳩山政権。その後、首相が挑んだ相手は全国の知事たち。こちらも「地方交付税」が仕分け対象になったことで、一部から不満の聞かれた。そんな中、鳩山首相は「国というものがなんだかよくわからないのですが、国というものが力を持って、何でもがんじがらめで地域を縛ってしまう。そういうやり方は、一切やめたい」と述べ、この席で鳩山首相は「地方交付税増額の必要がある」と言及した。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00167229.html
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、鳩山政権の言動が二転三転し、方針を決まらないことに、沖縄県民の不信感が高まっている。「県民の心をもてあそぶことは許せない」「閣僚の一人や二人が首を差し出しても収拾がつかない」。こんな過激な声も出始めた。
大本営は田原総一朗に代表される腐敗したジャーナリストと教育者です。
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ドバイ政府の持ち株会社ドバイ・ワールドと傘下の開発会社ナキールが、25日総額590億ドルの債務返済を繰り延べるよう要請した.
Source: 毎日新聞
先月まで、ドバイおよび連邦政府(UAE)の政府関係者は、政府関連会社の救済するという前向きな姿勢を見せていたそうです.それが今回、政府が債務返済猶予を要請したわけですから、投資家やアナリストを驚かせた(つまりショック)ということになったそうです.
ドバイの不動産問題については、今年の2月にこのブログでも触れました.
参考ブログ:2009年 2月15日ドバイ 不動産バブル崩壊の実体は?
この動画を見てもらえれば、明らかにドバイの不動産市場は崩壊したことが伺えます.
しかし、政府は実体を公表するよりも隠したほうが特だと考えていたことが問題でした.「ドバイの経済に損害を与える報道をすれば、約27万ドル(100万Dirhams)の罰金を科す」というメディア規制法が制定されいたのです.
(Source: NY Times)
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田原総一朗の政財界「ここだけの話」
不況の中、中東ドバイで感じたこと 2009年2月12日
2月2日から5日まで、中東のドバイへ行ってきた。
まったく僕の好奇心によるもので、仕事ではなくプライベートで行ってきた。
ドバイというのは、石油によるふんだんな金で、砂の上に作られた"砂上の楼閣"とか"砂漠の蜃気楼"などと言われる。ニューヨークのマンハッタンのように超高層ビルが立ち並ぶ近代都市が現れた、などとも言われるが、マンハッタンとは違い、魚の形をしたビルとか船の形をしたビルとか、色々な形をしたビルが立ち並ぶ。贅(ぜい)を凝らした近代都市だ、と騒ぎ立てられた。
30年前とは一変したドバイ
それがこの数カ月、「砂漠の蜃気楼が消え去りそうだ」とか「砂上の楼閣が崩壊寸前」だなどと言われている。建設工事が皆ストップし、失業者が溢れ、贅を凝らした油による超近代都市が惨憺たる状態だ、と新聞や雑誌では報道されている。
一回この目で確かめたい、ということでドバイに行ってきた。まず、「行ってよかった」と思った。情報とはいかに当てにならないものか、よくわかった。日本の報道とは違い、ドバイは非常に活気にあふれた街で、マンハッタンのように超高層ビルが無数に立ち並んでいた。
出典:不況の中、 中東ドバイで感じたこと | 時評コラム | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
私が生まれてから、直接話したジャーナリストの中で最低の最低の男がこの田原総一郎という人物です。こんな表層しか見る能力の無い男の毒電波を浴びるから日本は滅びようとしているのです。情報を隠蔽していると大本営発表が蔓延して会社も国家も個人も滅びます。真実を知りたい人は是非とも、2009年12月30日に東京国際展示場(橘研究所ブース)に来て下さい。これが最後の船です。
情報を恣意的に隠蔽し、捏造した情報を拡げる事は問題をより深刻化します。気違いの民主党にはマスコミ人が大勢います。政治を変える事で日本を良くすると嘘をいいます。社会を変える事ができるのは多くの国民です。国民を変える事ができるのは教育です。政治家を変えても、日本人が賢くならないのですから、どうしょうもありません。我々はまず日本人の中でも高資本(経済、文化、身体、政治)な人間を集めました。それを電脳化する事でより高資本にしました。そして、新しいメンバーを常に電脳化しています。結果として、日本人の多くを賢くする事で日本全体を水素文明化する事を大戦略としています。長く時間が必要で小さな積み重ねですがこれが一番、早く確実な方法です。マスコミで一時的にクスリ脳を作っても有害にしかなりません。
複合した危機が起こっている現在、民主党のように小手先の対策をしても役に立ちません。グランドデザインが必要なのです。
事実を隠蔽し、嘘情報で民衆を騙す大本営参謀は、有害無益です。このまま従っていれば特攻隊に送られて捨て石にされるでしょう。無能な大本営参謀は権力を握ってはなしません。無能な大本営参謀という背後の敵を倒し、社会構造を再編成する必要があります。
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時代時代で、繊維、造船、製鐵、電機、自動車、コンピュータと最も苦しむ産業は変わってきました。競争力のある輸出に依存して、競争力のない国内産業を保護してきたのが、戦後の日本でした。
ですが、アメリカの消費者が世界中のモノを買って、潤うといった構造は昨年破綻し、もう元には戻りません。国内の需要を増やすしかないのですが、皆様もご存知のように、デフレが進行して、経済は縮小のスパイラスに陥っています。
こんな状態になって、現場に対していろいろ指示を出していた大本営が何か打開策があるわけでもなく、判断ミスの責任を取るわけでもありません。
彼らがやることは、責任を現場におしつけ、現場を無視した指示を出し、判断ミスを重ね、ますます被害を拡大させます。
万策尽きるたとき、彼らは現場に魚雷を打ち込むということをします。これでは現場はたまったものではなりません。
判断ミスを重ねるリーダーは、さっさと辞任して、後任に任せるのが、被害を最小限にする方法ですが、そういうリーダーに限って、地位に固執し、組織を道連れに心中します。
今年の年末はなんとか乗り切っても、年度末にはどうにもならなくなるまで、彼らの迷走は続くでしょう。






アムリッツァ星域会戦のヤン・ウェンリーは、少数ながらも踏みとどまり、敵を引きつけ、敵陣を崩す事で味方を逃がしました。リンク先の動画を参照ください。
私たちもコミケット77で戦うことにより、残存兵力(これを読んでいる貴方です!)を収容します。合流できなかった艦隊は各個撃破されますので、私たちにまだ合流できていない方は是非コミケット77に参加してください。ヤンの幕僚たちのように訓練し、生き残る確率をあげ、戦えるようになって頂きます。
以下のような訓練を通して、パソコンを始めて半年の女性も参加しています。
戦闘は海軍戦略にそって行ないますが、これは次回の記事で説明します。
松浦彰夫 拝
8月23日のコミティアの戦利品の紹介、第1弾はその名も『源頼朝の本。』と『治承四「一一八〇」年」石橋山の戦い』
歴史同人サークル「佐殿」のユキノ様の作です。
どちらも鎌倉幕府で武家政権を創始した源頼朝を主人公とした漫画です。石橋山の戦いの漫画はブログで公開されていますので、そちらで読みましょう。石橋山の戦いとは頼朝の挙兵後、最大の山場であり、ピンチだった戦いです。
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頼朝は流人の身のまま20年以上を過ごし、平家の疑いを受けぬよう読経に精進していた。頼朝は北条時政の娘政子を妻とし一女をもうけ、伊豆国の豪族北条氏が流人の頼朝の庇護者となる。
治承4年(1180年)後白河法皇の子の以仁王は摂津源氏の源頼政とともに平家打倒の挙兵を決意。諸国の源氏に令旨を送り蜂起を促した。その使者となったのが頼朝の叔父の行家である。4月27日に行家は蛭ヶ小島(または北条館)を訪れた。頼朝は水干に着替え、男山八幡に遥拝した後に謹んで令旨を拝読。行家は甲斐・信濃へ赴くためにすぐに立ち去った。
5月、挙兵計画が発覚し、以仁王と頼政は準備不十分のまま挙兵を余儀なくされ、平家の追討を受けて戦死(以仁王の挙兵)。6月24日、京の三善康信(頼朝の乳母の妹の子)が平家が諸国の源氏を追討しようとしているので直ちに奥州藤原氏の元へ逃れるようにと急報を送ってきた。27日に京より下った三浦義澄、千葉胤頼らが北条館を訪れて京の情勢を報告。頼朝は東国での挙兵を決断する。
流人として過ごしていた頼朝のもとへ、 以仁王から平家打倒の令旨(皇族の命令)が届く。しかし、令旨を送ったことが平家にバレた以仁王は、平家から攻められ討ち死にしてしまう。源氏に令旨が送られたことがバレているので、すぐに平家は頼朝を討伐にやってくるだろう。このままでは討たれてしまうということで、少ない手勢ながら頼朝は挙兵を決意する。
頼朝は山木館で勝利するも、味方と合流できず石橋山で捕捉されてしまい300騎で3000騎と戦い敗れるも、平家方にいた梶原景時に見逃され、辛くも逃れる。千葉に上陸した後に、安西氏、千葉氏、上総氏などを味方につけ、富士川の戦いで勝利し、関東を制する。
8月23日は石橋山の戦いがあった日だそうで、その日に向けてコミケ後の1週間で作ったそうです。コミティアの日は、そういう日だったのかと思うと、感慨深いです。
また、義経が主人公になることは時々ありますが、頼朝はあまり無いですね。だからこそ、頼朝の本なんてものを見つけた時は嬉しかったです。以前、少し調べたのですが、義経は軍事の天才でしたが、頼朝は政治の天才でした。政治は軍事の戦闘シーンより分かりにくいので、頼朝を主人公にしにくかったのだと思います。
頼朝の政治の凄いところはいくつもあります。
まず、京から距離を置いた事。平家や木曾義仲のように京に入ってしまうと腐敗した朝廷に取り込まれてしまう。そこで根拠地の関東を日本の中心に変更した。この発想はなかなか出ないです。
また、御家人制度で御家人間の平等を実現した。この平等意識が新しいです。頼朝の天下草創 日本の歴史09 (講談社学術文庫)によれば、当時、家人という配下の武士、家礼という客分の武士、という意味でした。流人だった頼朝は配下が少なかったため、血筋に拘らず、広く人材を受け入れ、有力な者は頼朝直属の武士という意味で御をつけて御家人と呼ぶようにしました。そして、御家人にも大きな勢力、小さな勢力がありましたが、御家人は保持する勢力の大きさにかかわらず、対等の扱いをした。
将軍である頼朝 ー 御家人 ー その他の人々
という、ある意味3種類の身分しかないです。役職は色々ありますが、平等という意識がありました。武士団の連合政権ですので、『武士団を対等に扱わないと成り立たない』という構造になっています。
京の律令制国家は、天皇と平等な人民しかいないという建前でしたが、多重の階層を持つ官僚制によって支える必要があった。律令制では王土王民といい王以外は平等という建前ですが、位階が30階層もあります。貴族の子は貴族に成れましたが、それ以外の人は位階に壁があり、有力な血筋の貴族以外、位階を上っていく事は不可能です。やがて世襲の実務能力の無い貴族で上層部が埋められてしまい、機能不全になりました。武士は領地を経営していましたので、実務の素地がありました。30階層もあれば、上下の意思の伝達は不可能です。武士は御家人制で、組織をできるだけ単純にしましたので、いざというときは上下を合わせた全体を動かせるようになりました。
そして、人情の機微を理解していた事。東国武士は、九州の防人、京の大番役、東北の蝦夷討伐と各地に動員されましたが、その苦労が報われず、使い捨てにされていた。そのような武士の地位を向上し、暮らしを守るという大義名分を打ち立てました。朝廷の命令だけを名目に動いていては、やがて使い捨てにされたでしょうが、それを見越して別の大義名分を立てた。そのように人心掌握に優れていたし、先を読む力もあった。これは義経にない能力です。
この『源頼朝の本。』という漫画でも、苦労人で人情家。涙もろい時もある、というように書かれています。
歴史から学ぶことは大きいです。
松浦彰夫 拝
民主党のマニフェストに続いて、自民党の政策も発表されました。
民主党の抜本的改革に対して、自民党は小手先の改革で、ちっとも日本が良くならない感じがしますね。
例えば民主党は最初に「ムダづかい」と書いてあって、節約案が載ってます。ピックアップすると・・・
今まで財務書類も作ってなかったのですね! 汚職し放題(かもしれません。)その他もろもろで9.1兆円節約だそうです。
自民党はというと、財政再建は8番目にちょろっとしか書いていない。はっきりしないし。
タクシー代をケチれば、財政再建するのだろうか?
やはり民主党案のように、天下りをするための独立行政法人、公益法人を全部無くした方がすっきりしますね。自民党案では会計の公開もしない。
子育て・教育の民主党案は、
自民が言うように財源が不安ですが、箱ものを作るよりは良さそうです。子どもの教育が充実するのは望む所です。何を教えるかは問題ですが。
自民党の方は、2 少子高齢化社会への対応、 4 教育・文化とありますが、これも良く分からないです。子育て支援の充実、給付型奨学金の創設、低所得者の授業料無料化、新学習指導要領とかあるのですが、抜本的改革とはいかなそうです。精神論・目標論だけで実現手段がはっきりしない。
他にも民主党案には、良さそうな政策があります。
民主党の方がアイデアが多くて、自民党はネガティブキャンペーンをするなど防戦に回っています。
松浦彰夫 拝
静岡県知事選で、自民・公明が敗北しました。
今回の選挙は、静岡県の現地で体験して、ひと味違いました。コスプレのイベントに行って、その後の打ち上げでご飯を食べていたら、8時の時間ギリギリになって選挙で投票するために帰った人がいました。普段は選挙に関心なさそうなヲタク層の関心も高かった。児童ポルノ法でヲタクやニートを追いつめたのが、15000票差として決定打になったのかもしれません。投票率は前回の44.49%から増えて、61.06%になりました。
麻生首相も終わりです。総崩れになった自民を立て直す器量を持つリーダーも居ないでしょう。既に勝敗分岐点を越えました。
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石川嘉延前知事の辞職に伴う静岡県知事選は5日投開票され、無所属新人で元静岡文化芸術大学長の川勝平太(かわかつへいた)氏(60)=民主、社民、国民新推薦=が、前自民党参院議員の坂本由紀子(さかもとゆきこ)氏(60)=自民、公明推薦=ら新人3人を破り初当選した。今春の名古屋、さいたま、千葉の各政令市長選に続き、自民党推薦候補は大型地方選で4連敗となり、自民党内には麻生太郎首相の「退陣論」が広がりそうだ。一方、勝利した民主党は、次期衆院選に向けてさらにはずみをつけた。
【静岡県知事選】川勝氏が当確 大型地方選で民主4連勝 自民党内に「麻生退陣論」広がる (1/3ページ) - MSN産経ニュース
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静岡県知事選で5日、自民、公明両党推薦の坂本由紀子前参院議員が民主党など推薦の川勝平太・元静岡文化芸術大学長に敗れたことで、与党内で麻生太郎首相(自民党総裁)の求心力が一段と低下することは避けられそうにない。首相サイドや自民党執行部は衆院選への影響を否定するが、9月以降への先送り論が強まりそうだ。首相は、次期衆院選の最後の試金石となる12日投開票の東京都議会議員選挙に全力を尽くす構え。ただ、与党執行部が事実上の勝敗ラインとする「与党過半数」を割り込めば、自民党の反麻生勢力が退陣を求めて蜂起する可能性が高まりそうだ。(榊原智)
そして、このタイミングで大阪では橋下知事が自民を裏切りました。西国も反自民になります。
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次期衆院選に向けて「首長連合」で応援政党を表明することを決めた大阪府の橋下徹知事は5日、宮崎県の東国原英夫知事との連携について「東国原知事と組めば、自民、公明応援の猿芝居と思われてしまう。連携はない」と述べ、改めて否定した。松山市内で記者団の取材に応じた。
橋下知事は、「地方分権」と「霞が関解体」という目標で東国原知事と一致するとしながらも、「戦い方の違いを区別しなければいけない。僕らの動きが自己満足で終わってはいけない」と語った。
次は東京都議会選挙、つまり江戸城への砲撃戦が始まります。自民の残りの陣地は、東京だけです。確実に追い落としましょう。
松浦彰夫 拝
絶望した!監視社会を作ろうとする自民党に絶望した!!
児童ポルノ法で、コスプレも禁止に - 流水成道 の記事で書きましたように、自民・公明政権は児童ポルノ法を利用して日本を文化的に束縛して、監視社会にする計画です。
いつかはこの監視社会が無くなるでしょうが、それが3年後になるか100年後になるか、あなたの行動にかかっています。静岡知事選、東京都知事選、総選挙と選挙が続きます。ここで売国勢力を落選させれば被害は最小限になるでしょう。有権者の方は選挙で自民・公明を落選させましょう。静岡知事選では自民の坂本と民主の川勝が横並びなので、川勝に投票すれば自民を落選させることになりますね。選挙権が無い方も、声を出して反対しましょう。
平成版の生まれてはみたけれど - 連山改
7月5日の静岡知事選挙で自民、公明推薦候補を大差で落選させる
7月12日の東京都議会選挙で自民、公明を壊滅的に落選させる
総選挙で自民公明を大落選させ、その後に民主党の秘密情報を公開
横須賀市長選挙で、小泉元首相の応援する現職候補が落選しました。
引退したはずだったのに、あちこちに顔を出して忙しい元首相ですが、地元の横須賀での影響力は落ちているみたいですね。
これが他の選挙にどれだけ影響があるか、注目です。