流水成道blog: 哲学アーカイブ

哲学のブログ記事 1 / 1

忘年会で、伝えきれなかった事があります。

物事を好転させるには、正しい認識と、正しい行動の2つが必要です。

前回の記事では、世界大戦とそれによる苦難の未来を予測し、これは理解していただけました。認識を共有できたということです。

しかし、その認識に対して、行動を起こさせるまでには至りませんでした。どんな行動をするのも個人の自由意思ですが、協調して行動するなら、それなりの助言や利益を提示することができます。

3.11の東日本大地震の前に、G-Watcherとして放射線測定ネットワークを準備し、原発震災のドラマを作って警告を行いましたが、現実に原発震災が起こった時に行動できた人はほとんどいませんでした。

現実が変化した時、素早く行動するためには、事前の訓練が必要なのです。

 

日本のマスコミは事実と違う報道を行います。中でも日本人が勤勉だというのは大嘘です。

勤勉というのは勉強に勤めるという意味です。日本は学生も、大人も、一部 の例外を除いて自主的に勉強をしません。勤という文字は動物の骨を火で炙って粉々に砕いて、出し尽くすという意味です。勉という文字は分娩の娩に力を足した漢字です。女性が股を開いて力んで出産するように無理をして力んで絞り出すという意味です。暇な時間を使うとか、遊び感覚で 行うことを勤勉とは言いません。自主的に出産するぐらいの力を使い、動物の骨を火で炙って 粉々にするぐらいの行動を持って『勤勉』となります。日本の街を歩けば、大都市から田舎までパチンコやパチスロが駅前にあります。そこでは昼間から大勢の大人が博打をしています。場で朽ちるからバクチと言われるように、多くの人々が朽ちて行きます。

日本の大学生で自ら望んで24時間勉強のために使っている人は少数ですが、世界では自分からすすんで24時間勉強のために使うのが当たり前です。

日本の社会人は会社に入ったら勉強をしなくなりますが、世界では生涯学習が当たり前です。

ほとんどの日本人は勤勉な外国人と競争しても勝てないし、戦争を起こしたり、貧富の格差を拡大しようとしている政治家や役人にも勝てません。

では、どうすればいいでしょうか。

世阿弥は、自分の舞う姿を鳥の目線から見ることができたと言われています。離見の見です。

 ということは、天才は万物のあらゆる事象を直感的に知る能力を身につけていたとも言える。私の尊敬する天才数学者・岡潔さんの「情緒的知性」です。

 岡さんはこう言っています。物事を積み重ねていく論理的知性は、物事を分離していく。一方、情緒的知性は、いろいろな違う物事を強く結びつけていく。数学の理論にしても、物理の理論にしても、人間がつくりだすものは、情緒的な直観の部分が最初にあって、これが全体をつかみだしている、と。

 つまり、異なった多彩なものの中から、核心を見つけ出していく全能です。

 元々日本人の根本は、情。欧米的な知は不得手なので、欧米的理性主義に囚われ過ぎると全体像を見失ってしまう。岡さんは、数十年前にそんなことを危惧していたのです。

優しい天才の時代がやってくる:日経ビジネスオンライン

優しい天才という人々がいます。

自分のことだけを考えると孤立しますので、現実の変化の中に置き去りにされます。

他人に対する責任を考えると他人とつながりますので、変化に付いて行くことができます。

そして他人を助ける人を助ければ、その人が別の人を助け、そのまた次の人が助けるというように、協力関係が広がって行きますので、最初の人のためにもなります。

「情けは人のためならず」です。

 

松浦彰夫 拝

 

次回、第3章 世界の天才が集まる学園都市

人生の意味を考えると、大体2つの方向性がある。「幸せになる」ことと、「何かを残す」ということだ。

「幸せになる」こと

幸せになりたいとは、不味い食事より美味い食事を食べたいとか、良い暮らしがしたいとか、楽しく遊びたいとか、人から愛されたいとか、そういうことだ。

赤ちゃんから老人まで、人なら誰でも幸せになりたいと思っている。

「何かを残す」こと

何かを残すというのは、簡単に言えば、子孫を残したいという欲求だ。本能だ。

事情により、子供を作れない人もいるが、そういう人でも、文化的な影響(ミーム)を残したいと考える人がいる。

芸術家や科学者になれば、死んでずっと後まで、自分のことを調べてくれる人、模倣する人が現れる。

名前が知られなくても、世の中のためになることをすれば、それによって恩恵を受けた人が、また別の人の役に立つ。

「何かを残す」ことは、人なら誰でも思っているわけではない。

子供の頃は、子孫を残すことなど考えていないので、自分が幸せになることしか考えない。

子供が生まれたとか、死んだ後どうなるか考えるとか、大人になってからそう思うようになる。

「幸せになる」のと「何かを残す」のと、どちらが大事か

どちらも大事だと、私は思う。この問いは、ひっかけ問題だ。

両方を大事にしなければ、人生はうまくいかない。

自分の幸せだけだと寂しいし、他人の役に立つだけだと疲れ果ててしまう。

都合よく、両立させなければいけない。

ただ、子供の頃は「何かを残す」ことを考えないので、これに気づかないまま一生を終える人はいる。

それは、人生にとって損失なので、「何かを残す」ことを人から教えてもらうのは有益だと思う。

ドラマや文学とか見ると、人のために何かをする人が大体出てくるので、そういうところから学べばいい。

 

松浦彰夫 拝

津波は、誰かが助けてくれるのを待っていては逃げ遅れます。集団避難で点呼を取っていては間に合わないので、個人で判断して、急いで避難することが重要です。人まかせにしてはいけないことがあるのです。もちろん、間違った判断、間違った行動をしてもいけません。幸いにして、我々は歴史から学ぶことができます。

YouTube - 命てんでんこ~チリ地震津波から50年 忘れてはならない記憶201006.avi


津波てんでんこ―近代日本の津波史

津波てんでんこ(つなみてんでんこ)とは、日本の東北地方の三陸海岸地域にある津波防災伝承の一つである。「命てんでんこ」ということもある。

意味
「てんでんこ」とは「てんでんばらばら」という意味であり、「津波が来たら、肉親に構わず、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」ということがこの伝承の本来の意味である。津波は到達速度が速いため、肉親等に構っていると逃げ遅れて共倒れになってしまう。一族を存続させるためにも、自分一人だけでもとにかく早く高台へと逃げよ、ということであるが、「自分の命は、自分の責任で守れ」ということも含意しているとされる。また、自分自身は逃げて助かったのに、他人を助けられなかったとしても、それを非難しないという不文律にもなっている。

津波てんでんこ - Wikipedia

東日本大震災では、津波てんでんこを守った人が助かり、集団避難をしようとした人が津波に呑まれました。

 


人は皆「自分だけは死なない」と思っている -防災オンチの日本人-

防災心理学によれば、人は災害を伝えられてもなかなか逃げない、それも集団で行動するほど逃げるのが遅くなることが分かっているそうです。これらは、「正常性バイアス」(Normalcy bias)と「多数派同調バイアス」(majority synching bias)というもので、まとめて「非常呪縛」(Emergency spell)と呼ぶそうです。

つまり、「昨日まで大丈夫だったので今日も大丈夫だろう」、「みんなが大丈夫そうにしているから大丈夫だろう」と考えて、警報を聞いても逃げ遅れるということです。

そういう時に必要なのは、「心の緊急事態スイッチ」を「オン」にすること、「平常」から「非常」に心を切り替えることです。

また、大勢の人を避難させるためには、気付いた人が「率先避難者」になること。逃げる人が1人でもいたら、後を追って逃げる人が出てきます。「多数派同調バイアス」を使って「正常性バイアス」を解除する、上手い避難方法です。

「津波てんでんこ」、「命てんでんこ」も防災心理学に合った教訓だと言えるでしょう。

 


成長の限界―ローマ・クラブ人類の危機レポート

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話は変わって、現在は世界的な気候変動期であり、石油などの資源も2020年には決定的に枯渇すると計算されています。つまり、食料や資源が減少し、全員が食べていけなくなりますので、飢餓や戦争や棄民などで人を殺して、人口を削減しようとする勢力が現れました。もう1つの道は、文明レベルを向上させて資源問題を解決することです。

現在の日本の民主党政権は、人口削減の路線です。文明を向上させるだけの能力が無いので、そうなってしまうのです。つまり、福島第一原発の事故で放射能が漏れましたが、できるだけ避難させないで1人でも多く殺そうというのが、国策なのです。

よって、避難地域の人が普通にしていれば、放射能で殺されます。逃げても、そのうちに政府が北朝鮮のようになりますので、社会を不安にさせる行動をした罪で強制収容所に入れられかねません。

それでは、もうどうしようもないのかというと、1つだけ道があります。先ほど書いたように、もう1つの道は、文明レベルを向上させて資源問題を解決することです。

文明レベルを向上させる人、またはそういう組織に入れば、政府も簡単には手を出せません。なぜなら文明レベルを向上させる人を殺したり迫害してしまえば、文明レベルが下がり、資源問題がますます悪化しますし、そういう人達から資源を分けてもらえなくなるからです。

そういう意味で、文明レベルを向上させる組織である我々に合流しましょう。「てんでんこ」の教え通り、まずは個人で行動し、家族や友人など、大事な人を連れて行きましょう。

次のイベントは、千葉で行ないます。

公園、小学校など、土をお持ちください。プルトニウムや中性子を見つけることができる高性能ガイガーカウンターで無料調査します。

■日時:5月29日 13:00から2時間
■参加費:500円
■場所:千葉県船橋市
■会場:フローラ西船(JR西船橋駅南口前 徒歩2分)

件名は、「【5月千葉イベント】」
メールは、nozomu.m@gmail.com まで。

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【ニコニコ動画】【初音ミク】 津波てんでんこ 【オリジナル】

 

松浦彰夫 拝


人はなぜ逃げおくれるのか ―災害の心理学 (集英社新書)

徳とは何か。仁とは何か。善悪とは何か?

『論語』最高の徳である「仁」とは何か

 『論語』のなかで孔子は、「仁」を最高の道徳として示していました(あえていえば、その上の「聖」という徳目も記されているのですが、これは最高レベルの人間でも難しいと孔子も述べているので、ここでは除外)。

(中略)

まず、「孔子はそもそも何を目指していたのか」を時代の文脈からの視点で考えますと、春秋時代末期の内乱と下剋上が進むご時世のなかで、「社会に秩序を与え、安定した体制を取り戻したい」と願い、熱心に活動していました。これは『論語』を読めば明らかです。

 ではどうすれば、この内乱や下剋上を収められるのか。孔子はここで、おそらく混乱の主因に、

「人々の愛を及ぼす範囲が狭まっていること」

 を見た、と想定することができます。

 たとえば現代の会社や組織などでもそうですが、内部分裂や、下剋上が頻発して争いごとに明け暮れている状況を目にした場合、われわれは、

「荒れた組織だな」
「敵意や憎悪ばかりだな」
「愛や思いやりなんて欠片もないなあ」

 と考えるのが一般的ではないでしょうか。

 しかし、見方をちょっと変えてやると、これは偏った考え方でしかないことがわかります。たとえば、君主に下剋上を企てる家臣を考えてみましょう。彼には自分の支配下にある身内に対しては溢れんばかりの愛があります。

 しかし一方で、君主や国全体には残念ながらその「愛」が及ばなくなっています。このため叛乱を起こしてしまうわけです。「愛」は無くなったのではなく、その射程が狭まっただけ。しかしその結果、お互いが「愛」から外れたものを「憎悪」し始め、攻撃し合うという図式が生まれたのです。

 「愛しさ余って憎さ百倍」という言葉もありますが、愛ってその及ぶ対象の広さによって、素晴らしい徳目にも、ハタ迷惑な存在にもなってしまう二重性を持っているんですね。

 では内乱や下剋上を抑え、秩序や平和を取り戻すには、どんな処方箋を記せばよいのか。

 単純に考えれば、愛する領域の縮小が問題であるなら、逆に拡大するようベクトルを切り替えてやればよいはずです。つまり、

 「愛する対象を広げていくこと」

 これが「仁」の意味となるわけです。

(中略)

ただし、ここから孔子の教えのユニークな点が顔をのぞかせます。愛を広げるのが重要といっても、孔子は、

 「一挙に愛する対象を広げて、博愛を心がけなさい」

 とは、まったく考えませんでした。『論語』にはこんな言葉があります。

・「“悪意にも善意をもって報いよ”と言われますが、いかがでしょうか」
 ある人がそうたずねたところ、孔子は答えた。

 「それなら、善意には何をもって報いるのかね。悪意には理性をもって報い、善意には善意をもって報いるがよい」(或ひと曰く、「徳を以って怨みに報いば何如」。子曰く、「何を以ってか徳に報いん。直を以って怨みに報い、徳を以って徳に報いん」) 憲問篇

 確かにわれわれ凡人が「広く愛せよ」と言われたところで、敵対する相手まではそうそう愛で包みこめないわけです。この人の素直な心情を、まず認めようとするのが孔子の孔子たる所以でした。

 では、どうやって愛を広げていくのか。孔子は、今感じている身近な対象への愛——端的には親や兄弟への愛——を起点にして、その範囲を少しずつ周囲に押し広げていけばよいと考えたのです。

日本の民主主義には「仁」の精神がなくなってしまった?:日経ビジネスオンライン

人が幸せになることが善で、不幸になることが悪だと定義します。

また、善い事をするのが善人、悪い事をするのが悪人だとすると、人を幸せにするのが善人、人を不幸にするのが悪人となります。

1人が幸せになることは1の善、10人の幸せなら10の善、1000人の幸せになら1000の善、1人が不幸になることは1の悪、10人の不幸なら10の悪、1000人の不幸なら1000の悪となります。

  少人数 大人数
善悪の大きさ
幸せ 小善 大善
不幸 小悪 大悪

1人を幸せにするために、1人を不幸にするのなら、差し引き0です。ただし、その1人の幸せを維持するために、別の1人をまた不幸にしたら、幸せな人が1人で、不幸な人が2人なので、マイナス1の不幸になります。

社会全体で考えると、愛する範囲が狭い人は10人を幸せにするために1000人を不幸にしてしまうことがあるので、愛する範囲が狭い人は社会では悪人です。

ただし、1人を幸せにするために1人も不幸にしないのなら、プラス1の幸せなので善い事です。自分1人が幸せになるために、誰にも迷惑をかけないなら、問題ありません。人に迷惑をかけない範囲で、自分の幸せを追求するのは社会的にも善い事なので、どんどんやりましょう。

もっと善いのは、自分の幸せが他人の幸せでもある場合で、1つの事で2人が幸せになりますので、2倍善いことになります。WIN-WINの関係が善いというのはそういうことです。自分が幸せな事で10人、1000人が幸せになれることなら、更に善いです。他人を幸せにする事は、多少おせっかいでも構わないので、どんどんやりましょう。

悪人に話を戻します。10人を幸せにするために1000人を不幸にする人ががいて、その悪事を止めさせる事は、それで10人の幸せが無くなったとしても、1000人の不幸が無くなり、差し引き990人の不幸が無くなりますので、社会的に善い事です。その悪人にとっても、悪事は心理的に苦しいことですから、それ以上悪事を重ねることが無くなって、心理的には救われます。

 

原子力発電所を例として考えます。

原発で働く人は、放射能を浴びますので長く生きられません。10年も働いたら白血病になってしまいます。この不幸な人を、仮に10,000人とします。

原発で儲ける人もいます。現場に行かないで、安全に利益だけ受け取る人です。この幸せな人を、仮に100人とします。

100人を幸せにするために、10,000人を不幸にしていますので、止めればいい、とは単純にはいきません。電力を使う人がいます。この幸せな人を1,000,000人とします。

では善いことかといえば、そうでもないです。放射性廃棄物が出て、ものによっては何万年も何億年も残ります。未来の人を困らせ続けますので、不幸な人の数は、ほぼ無限大∞人です。

儲ける人が100人、亡くなる人が10,000人、使う人が1,000,000人、困る人が無限大∞人という、4層構造です。

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全体では困る人がほとんどですので、止めるのが善い事になります。

止めるにはどうしたら善いかといえば、もっと善い発電方法に置き換えれば、使う人も困りませんので、ただ止めるより善い方法です。働いている人もそちらで働けば死にません。

水素エネルギーウェブに置き換えるのは、そういう意味で善い事です。質の悪い物を質の良い物に置き換えるのは、善い事だということです。

儲けている人は儲けられなくなって困りますが、人を殺して儲けてきた悪人たちです。孔子の言うとおり、そんな人まで善意を向ける必要は無く、理性をもって対応すればよいです。殺人罪で逮捕したいくらいですが、すんなり止めるなら、そこまでしなくてもいいとは思っています。

 

松浦彰夫 拝

中島聡さんのスタートダッシュ型仕事術に、考えさせられました。

最初にスタートダッシュすれば、初期に全体の見通しが立つから、失敗作ができても捨てればいいので、品質の良いものを作り出せる。

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【図の解説】この図の一番上のグラフが私が推奨する開発プロセス。最初に思いついたアーキテクチャで8割型動くところまで一気に持って行き、そこで「これで行けるかどうか」の判断をする。「このままでは行けない」と感じたら、あっさりと最初に戻り、次ぎのアーキテクチャで作る。これを繰り返し、納得できるアーキテクチャに到達したところで、後は流す(コードをきれいにする、UIの細部を詰める、徹底的にテストをする、コメントを入れる、など)。

 二番目のグラフが、同じプロセスをラストスパート型でした場合。スタートダッシュ型と比べてやたらに時間がかかるのが分かると思う。

 しかし、実際にはラストスパート型でプロジェクトを進めた場合に陥るのが三番目のグラフのパターン。それなりに時間もかけてしまった、詳細な仕様書も作ってしまった、そのアーキテクチャで行くことの承認も取ってしまった、などの理由で、一度採用したアーキテクチャ・書いてしまったコードを捨てられなくなるのだ。なんとかアーキテクチャの大変更だけは避けようといろいろと工夫をするのだが、バグがバグを呼び、ドツボ(デス・マーチ)にハマるのがこのパターン。

Life is beautiful: スタートダッシュ型仕事術:実践編

確かにそのとおりだと思います。夏休みの宿題を早く終わらせれば、遊んで暮らせる。

でも、私は夏休みの宿題を最後まで残してしまう子供でした。当時も早く宿題を終わらせた方が良いのは分かっていました。でも、分かっちゃいるけどやめられない。今でも仕事をスタートするのが遅くて、ラストスパート型の仕事ばかりやっているように思います。

そこで過去の反省点をふまえ、どうやったらスタートダッシュできるようになるか、自分なりに考えてみました。スタートダッシュ型の人は100人に1人しかいなくて、99人はラストスパート型だそうなので、スタートダッシュ型になる方法論が分かったら100人中99人の人の役に立つはずです。

自分の経験を思い出してみると、なぜ最初に仕事が手に付かないのか。まず「何をすればよいのか分からない」というのがあります。何を目標にするのか(What)、どんな方法で実現すればいいのか(How)、何に価値を見いだすか(Why)の3つが明確になっていなかった。

出題者が意図したものと違うものを作ってしまったり、完成させることができなくなってしまったり、「こんな宿題をしても、どうせ役に立たないからしたくない」などと考えてしまったりするわけです。

つまり、What、How、Whyの3つが不確実でエントロピーが高い。エントロピーを下げると動きやすくなって、やる気も出るわけです。

戦う理由

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世の中には、人から慕われ、人を集める人が居る一方で、人から避けられ、人を集められない人がいます。当たり前ですが、考えてみると不思議な話です。同じ人類として生まれたのに、どこが違うのでしょうか?

人が集まる積極的な理由としては、その人と居ると楽しいからというのがあります。また、消極的な理由としては、その人と居ると生き残りやすいとか、利益になるというのもあります。 

楽しいというのは人格、生き残りやすい、利益になるというのは能力ですね。人格と能力に優れていたら人を集めやすいです。

歴史上の人物でいえば、源頼朝は一緒に居て楽しいから人が集まってきたタイプだと思います。ジンギスカンなどは戦争に強かったので生き残るために人が集まったタイプでしょうか。

彼らのような歴史上の英雄に、「なぜそんな事が出来たのか?」、「なぜそうしようとしたか?」を聞ければいいのですが、歴史年表を見ても何をしたかは書いてますが、なぜそれをしたかははっきりしないです。

今回は英雄たちの戦う理由を知るために、文学の力を借りてみます。

銀河英雄伝説という小説があります。アニメ化・漫画化もされています。ご存知の方も多いと思います。宇宙に進出した人類が、銀河帝国のラインハルト・フォン・ローエングラムと自由惑星同盟のヤン・ウェンリーが戦う話です。人物の描写が優れていますので、知らない方は一度読んでみる事をお勧めします。

ラインハルトは貧乏貴族の少年でしたが、ある日のこと、15歳の少女だった姉が、銀河帝国皇帝の後宮に金で買われてしまいます。貧乏貴族の父では皇帝に逆らえないとはいえ、許せないラインハルトは皇帝から姉を取り戻す事を親友のジークフリード・キルヒアイスに誓います。幼年学校から軍隊に入り、皇帝と貴族たちを倒し、帝国の実権を握るための戦いを続けていきます。やがて、ラインハルトは、帝国の貴族を倒し、銀河を統一し、ローエングラム王朝を打ち立てることになります。

 自由惑星同盟のヤンは、ラインハルトの敵として戦場で遭遇します。ヤンは歴史家志望でしたが、親を失って教育費のためにしかたなく軍人になりました。元々戦いをする理由は希薄なため、自分から戦いをしかけず、攻め込まれてから守る立場です。ただし戦闘の上手さは帝国軍の将軍以上であり、数倍の敵軍と戦いながら、いつも勝利か引き分けに持ち込みました。ヤンの戦う理由は、始めは部下をできるだけ死なせない事であり、やがて自由惑星同盟の民主政治を守ることが目的になっていきました。「美味い紅茶を飲めるのは生きていればこそだから、生きて帰るように戦おう」と演説しています。

ラインハルトは「奪われたものを取り戻すための戦い」で、ヤンは「正しいと信じるものを守るための戦い」でした。戦う理由がはっきりしており、しかもその理由が利他的で誇らしいものであるほど、その闘志はブレがないものになります。そしてブレないからこそ、後に続く者にとって付いていく価値がある指揮官になっていました。

逆に、私利私欲のために戦う指導者は、部下を使い捨てにしますので、残った部下はいつ自分も使い捨てられるか不安になり、部下から捨てられ、跡を継ぐ者も無く、死んでいきました。

 

 連山では、キュロスの教育名将たちの教育論で、指導者や指揮官にふさわしい人格や能力がどういうものか、それを身につけるためにどう訓練するか、という話をしています。これらを読み返してみると、銀河英雄伝説の英雄達と共通点があるように感じます。義務感、勇気、忍耐、戦局眼。

 

今の日本のように、文明に囲まれて平和な生活に追われていると、戦う理由を忘れて、戦わない事を当たり前だと思うようになります。しかし、いつまでも平和な場所で守られているわけではありません。気候変動や石油枯渇など、避けられない変化がありますので、まずは変化についていくための戦いが出来るように、自分を鍛えましょう。

 

松浦彰夫 拝

独自メディアを持つ重要性

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真実を伝えるには、何が真実なのかを知らなければいけない。

善い事をするには、何が善い事なのかを知らなければいけない。

美しく生きるには、何が美しいのかを知らなければいけない。

 

間違った知識や情報に基づいて行動すれば、間違った結果になります。しかし、何が正しいのかは個人によって微妙に違います。だから自分で考えて、何が正しいのかを知らないといけません。

考えるためには考える材料が多い方が良いです。できるだけ多くの人が独自メディアを持って、自分が正しいと思う事を伝えてくれれば、それを参考に自分の正しいと思う事を考えやすくなります。

そして、自分にとって正しいと思う事があれば、独自メディアで人に伝えましょう。先の見えない闇夜のような世界を照らす星の光となるでしょう。

 

松浦彰夫 拝

目標設定の選択基準

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静岡知事選、ネットゲリラさんの取材と色々あったせいか、なんとなく目標を喪失してしまい、2、3日間記事を書けませんでした。私もまだまだ未熟です。新しく目標を立てないといけないですね。

ところで、目標を立てることに対して、4つの選択基準があるようです。

人間は一般に、次の4つの選択基準のいずれかを先決して、作戦案を選択する。

  1. 効果最大案(いちかばちかの博打案)

  2. 成功期待値最大案

  3. 最大安全値案

  4. 最小後悔値案

組織は、大きくなるに従い、3の最大安全値案を選びたがる。それに反して名将たちは、博打的な1の効果最大値案を選ぶ傾向がある。なぜなのか。戦場がぶつけてくる摩擦と障害を、統率力によって克服する自信があるからである。

アレキサンダーの作戦方針は彼しか実行できない」といわれるゆえんである。

したがって、一般的指揮官を対象とする戦術教育では、成功期待値最大案を、「原案」(正解案)とする。

Amazon.co.jp: 名将たちの決定的戦術 (PHP文庫): 松村 劭: 本

普通の人は3だけど、3から2、2から1とステップアップすれば、得るものは大きい。自分の力量と他者との状況に応じて、どの選択基準にするかを選ぶわけですね。4だと自信なさすぎ。

また、どういう条件なら、効果や最大値にするということですが、考えないといけないですね。

 

松浦彰夫 拝

 

 日本でも、自分はリバタリアンだと宣言する人がいます。副島隆彦とか、池田信夫とか。しかし本人はともかく、追従者の人は分かっているのでしょうか?リバタリアニズムはフリーメーソン思想だということに。

 リバタリアンが大好きな小説が、アイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』と『水源』です。これらはフリーメーソン思想を美化した小説です。話の筋は、天才的な発想や発明をした事業家が、国家の規制や裁判と戦って事業を拡大したり、事業家どうしが協力したりする話です。国家や共同体は役に立たないから、富豪でネットワークを作ろうということですね。それが、「自由と平等と博愛」という理想を実現するための手段であると。

はっきり言っておきますが、私はアイン・ランド=ユダヤ世界支配陰謀の走狗説など信じておりません!ただ、それとは別に、どうも彼女の人生とか作品には、ユダヤ人も多く入会しているらしき某秘密結社との関係が推測できる・・・つまり、「フリーメイソン」とランドは無関係ではない・・・と考えている人間です。 

(略)

多分、ランドの父親、もしくは母親の父親は、フリーメイソンの会員だったのだろう。ロシアでは、1822年にフリーメイソンは表向きは禁じられた。その結社の「自由&平等&博愛」を実践しようとする方針は、帝政ロシアにおいて革命を促すような危険思想だ。つまり、禁じられるぐらいに、ロシアのインテリや上層部にフリーメイソンが食い込んでいたということだ。そのネットワークで政治に大きく関与できたということだ。でも、脈々とそのネットワークは生き残ったに違いない。だって、ソ連時代にはすっかり完全に息の根が止められたはずなのに、今のロシアには、フリーメイソンのロッジがどんどん増えているから。ずっと隠れていたんだなあ。さすが秘密結社。

(略) 

それから、『水源』の主人公は、なんで建築家なの?建築家って、中世で言えば、「石工」(mason)でしょう?ロークは、「自由な建築家」=「現代の自由な石工」だ。もともとが、フリーメイソンというのは、大昔の高度技術者集団=石工の組合だ。大教会だの大寺院だの宮殿だの城砦だの砦だの、みんな石工たちが造ったのだ。フリーメイソンの会員が集まる集会所を、なぜロッジと呼ぶかと言えば、各地から集まった石工たちが建造物の建築中に寝泊りする場所=ロッジから来ている。

みなさん!『水源』をお読みになったみなさん!この石とか、大建造物の工事中に集まる石工たちのイメージというのは、な〜〜んか、『水源』の中に見え隠れするどころか、あからさまなイメージではありませんか?まず、この小説の冒頭に出てくるイメージは、花崗岩ですよ。ロークが学ぶ大学の建物はもちろん石造であるのですが、小説の始めあたりに、この石造の建築物が、「中世の要塞」に似ているものとして描写されています。ご丁寧にゴシック様式のチャペルも描写されています。この小説は、もう冒頭からもろに「フリーメイソンくさい」です。そう思いませんか?

(略) 

『肩をすくめるアトラス』に登場するヒロインやヒーローたちは、腐ったアメリカの中に新生アメリカを建築しようとする人々は、みな重厚長大産業の担い手が多かった。鉄道だの鉄鋼製造業だのエンジン製造だの鉱山開発だの・・・これって、みな石工的なものではない?

また、彼女や彼らが作る新生アメリカは、「自由と平等と博愛」を標榜したフリーメイソン的秘密結社じみていないか? だんだんと、社会から消えていった有能な人材が、人知れずコロラドの山中で別社会を形成するという設定は、もろフリーメイソンの比喩に思える。ジョン・ゴールトと彼の仲間たちは、国家を造っているというよりは、どう見ても仲間内で巨大な地下室に秘密結社を造っているようにしか見えない。なんか、イメージが前近代的なのよ。近未来SFなのに、電気がついていなくて、明かりは蝋燭だけみたいな、奇妙な半端でない古めかしさがある。

しかもシンボルマークが、ドル($)マークだってさ。1ドル札には、フリーメイソンのマークであるピラミッドとひとつの目(全能の神の瞳)が描かれている。1ドル札は初代大統領ジョージ・ワシントンの絵柄だしなあ。彼も、フリーメイソンだったそうです。ベンジャミン・フランクリンもそうでした。つまり、アメリカ独立革命は、フリーメイソンが起こした革命だったということらしいです・・・じゃ、ランドが依拠したアメリカ独立宣言の理念も、フリーメイソン的なるものの別バージョン?

これくらいにしておきます。このテーマについては、まだまだ私は調べなければならないですから。ただ、ランドの小説は、読む人が読めばすぐわかるほど、「フリーメイソン」的であり、彼女がアメリカの国民作家になったのは、フリーメイソン国家であるアメリカにとっては至極当然のことであった・・・彼女の提唱した思想は、フリーメイソン的なるものの結晶体だった・・・という確信は、私の中で日増しに強くなっています。

リバタリアニズムについても、この文脈から考えてみることも必要ではないかと、今の私は思っています。ひょっとしたら、ネオコンもリバタリアニズムも、その根にはフリーメイソンが関わっているかもしれないのだから。自由主義思想自体のルーツを考えてみないとなあ・・・

ちなみに、フリーメイソンには女性は入会できません。21歳以上の男性ならば、審査を経て許可されれば入会できます。ランドの心の中には、人間の理想を掲げたその結社に、全世界ネットワークに、女ゆえに入会できなかった慙愧の念が、いくばくかはあったのではないか。その満たされなかった憧憬は、『水源』や『肩をすくめるアトラス』に描かれる男たちの「結社」に紅一点混じるドミニクとかダグニーというヒロインに託されているのではないかと、私は想像するのです。 

アイン・ランドとフリーメイソン - 藤森かよこの日本アイン・ランド研究会-アキラのランド節

アイン・ランド本人や翻訳者の藤森かよこは、無邪気にフリーメーソンが良いものだと言いますが、本当にそうでしょうか?「自由と平等と博愛」はいつまでたっても実現していませんし、歴史上フリーメーソンが裏でどんな汚いことをしてきたかも分かっていません。まず人は、彼らの基準で有能な人と無能な人に分けられます。有能な人はお金を稼げる人、無能な人は稼げない人です。無能な人は有能な人の役に立つことが正しいと考えます。そして、お金のない人は人間扱いされず、家畜か奴隷扱いです。

例えば日本では、フリーメーソンに逆らった人々の地域は、危険な原子力発電所を誘致されています。

さて、この大久保利通という男フリーメーソンの走狗として日本という国を西洋に売り渡した売国奴1号であるとの説がありますが、相当無理矢理にたてつく者をぶっつぶしていったようです。西郷隆盛どんは 実は東京というよりその背後の西洋に抵抗し 西南戦争をおこしたという説もあり、その意を察してか 地元鹿児島では、西郷どんは人気がありますが、大久保利通は見向きもされてないようです。 玄海発電所(佐賀)、川内発電所(鹿児島)、柏崎発電所(長岡)、六ヶ所村(斗南藩=元会津藩)、どれも新政府に逆らったところです。いまだ続く嫌がらせの符合、、、

今だ続く? メーソン大久保のおしおき - 今 私にできること
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想月: 米軍基地と原子力

佐賀に玄海原発があり、MOX燃料が運び込まれましたが、これも大久保利通の呪いかもしれません。新政府の政敵だった佐賀を放射性物質で腐海にしようというのか・・・。

NASAの発表によると、2012年に太陽爆発による太陽風の発生が警戒されており、そのエネルギーは地球の磁場を混乱させ、強力な電流により高圧変電器がとまる可能性あります。原発の冷却システムは停止し、原子炉は冷却できずに炉心融解を起こしメルトダウン。そのまま水蒸気爆発の恐れがあり。そしてプルサーマル計画・・・。

【大久保利通の呪い】玄海原発とプルサーマル計画 - Never Say Die!

かつて日本には原子爆弾が落とされました。今度は原子力発電所が原爆になります。原爆反対の人は原発にも反対しましょう。あなたを殺そうとする爆弾が破裂するのに、あなたはただ指をくわえて見ているだけなのでしょうか?

 

共産主義が崩壊したのはソビエトの石油が枯渇しはじめたからです。KGB帝国―ロシア・プーチン政権の闇KGB は東欧を切捨てる事で延命を計りました。しかし、それも限界が近づいています。資本主義が崩壊するのも、アメリカ国内の油田が枯渇するからです。EPRの問題で石油は経済的に意味のないものになります。つまり、構造的に水素文明が必要とされています。しかし、炭素文明の老人達は石油量の減少に合わせて人間の減少を群知能により実行しようとしています。これは集合無意識を使った共食い策であり、日本では腐海計画として発動される予定です。

水素文明サイドの集合知(人の智慧)が勝つか、炭素文明サイドの群知能(虫の智慧)が勝つかの戦いです。虫は弱い個性で均一性が高くロボットのような人間をマネーを使って支配します。集合知は多様な個性を感応力の強い制御者が談合により調整します。結論を言えば、どちらもある程度の勝利を収めるという事です。西方の老人達が望むように結果として、生存するのは強い種です。弱い人間を助ける強い人間は滅びます。誰も助けない強い人間もネアンデルタールのように滅びます。生き残るのは正しい人間を助ける人間です。結果として彼らはクロマニョン人のように次の世代のスタンダードとなります。その為に、共産主義、資本主義に続き、最期のユダヤ思想である「無政府主義(虚無主義、リバタリアン)」を滅ぼしましょう。既に大和の勝利は確定的です。植林の神であり、航海の神であり、両目(ツクヨミ、アマテラス)に対する鼻であるスサノオの想いを具現化する世界が始まります。恐竜は卵を産み捨てますが温血動物は子を乳(我が血)で育てます。例え指一本でも、怪我をすれば痛みが全身を走ります。それが水素文明を支える万戸府(マント君)であり千戸所(千戸君)でありブログ衆でありコメント衆です。

鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。声あるものは幸いなり。

痛みを感じる仲間となる事を希望する人はコメントを残して下さい。全ての扉は底にあります。

終る世界と始まる世界 - 連山改

運命は自分で選び取るものです。生きる意思がある人は、まず声をあげましょう。全てはそこからはじまります。

 

松浦彰夫 拝

お釈迦さんか誰かが、「人生の意味を探し求めた結果、『人生に意味はない』と気付いた」、という話を聞いたことがあります。

『人生に意味は無い』というのは、『人生の意味は、決められていない』つまり、『自分の人生の意味は自分で決めて良い』ということだと思います。決められていないなら、本人の自由意志の裁量の範囲内です。

あなたは、人生の意味に何を選択するのでしょうか?あるいは何も選択しませんか?

 

松浦彰夫 拝

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