流水成道blog: 軍事アーカイブ

軍事のブログ記事 1 / 1

陸軍中野学校は、日本陸軍の諜報員の教育機関であり、日中戦争・太平洋戦争で大きな活躍を果たした。

その陸軍中野学校の教育の根本にあったのは、「謀略は『誠』なり」の精神だった。一見、正反対に見える『謀略』がなぜ『誠』になるのか?

そこには現代にも通じる教訓があった。

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秘録・陸軍中野学校 (新潮文庫)

陸軍中野学校の前身となる後方勤務要員養成所が開所したのが昭和13年(1937年)7月、終戦が昭和20年(1945年)8月だから、活動は7年と短い。

日中戦争が始まったのが昭和13年(1937年)7月7日だから、世界の中でもかなり遅れた活動の開始だ。

それでも、その間に数百人の生徒を育て、暗号のコードブックの入手、敵地での情報収集、独立運動の支援、占領地での宣伝工作などを行った。

 

当時の日本の諜報活動は遅れていた。

日露戦争の講和、ロンドン官軍軍縮条約では、外交の通信を盗聴され、どこまで譲歩するか知られていた。不利な条約を締結させられ、日本は世界から馬鹿にされていた。

諜報の遅れの原因の1つに、徳川幕府がお家安泰のために作り上げた『武士道』観がある。つまり、平時における諜報活動を卑劣な行為とする観念が、日本人、なかでも軍人の間で盛んだった。

また、日清日露の戦勝に酔って、敗戦を知らない軍人の思い上がりなど、いくつかの原因がある。

しかし、一番の問題は、兵器の近代化を進めなかったのと同様に、諜報謀略の面でも日進月歩を考慮せず、日露戦争の『軍事探偵』時代と、ほとんど変わらない認識しかもっていなかったことにあった。

日露戦争は数回の『決戦』で決着が着いたが、第一次世界大戦は『消耗戦』であり、戦争は『総力戦』に変わり、国家は『軍事国家』から『戦時国家』に変わった。

つまり、国家の生産や宣伝など、あらゆる能力が戦争に影響するようになったので、軍隊の動きを知るだけでは勝てなくなった。

 

スパイは、1人で敵地に潜入し、数年、数十年、場合によっては数世代にわたって活動を続けなければいけない。

逆に、わずかな時間で結果を要求される場合もある。

外部の様々な出来事に振り回される。

成果を上げても発表されず、スパイとして捕まればすぐに殺される。

 

割に合わない仕事である。

このようなことは、命令されたからといって、できるものではない。

やる気、モチベーションを保ち続けることが重要になる。

モチベーションを保つには、自由に考えること、自発的に行動する事、そして仕事に誇りを持つ事が有効だ。

 

中国には、

「バカは将軍と間諜(スパイ)にはなれない」

という言葉があるし、英国にも、

「スパイこそ最高の知識人で、紳士でなければならない」

という鉄則がある。

アメリカやソ連のスパイ学校では、国内の大学からもっとも優秀な人材のみを選りすぐって入学させている。それも東大生のように学問が優れているだけではだめで、記憶力・注意力・運動神経・飲酒癖の有無・女ぐせからおしゃべりまで、本人ばかりでなく近親者まで調べた上で及落をきめる慎重さだ。

金のためのスパイは、金で寝返るので低く見られる。愛国心や理念で動くスパイは尊重される。

 

最高のスパイ先進国のイギリス人は、冒険心に富んでいて、スパイは最高の愛国の行為であると同時に、最高に知的なスポーツであると考えている。(007が理想像なのだろう)

ソ連のスパイは、共産主義の思想をもっていた。

 

このように、スパイは愛国心は当然持っていて、それに上乗せする理念が大きいほど優秀になる。

中野学校の場合は、それは日本人ならではの『誠』の精神だった。

 

諜報に対する意識が低かった日本だが、スパイの世界の歴史で並ぶ者が無い、天下無双の働きをしたスパイが存在した。

日露戦争時の、明石元二郎大佐(後の大将)だ。

ロシア皇帝のもとで、ロシアの国民の大部分は農業で生活していたが、貴族地主の農奴制で、農民一揆の勃発で農奴制を廃したものの、収穫の半分を地主や貴族が巻き上げるイスポル労働が続いていた。

また、民族同士結合しての反乱を恐れた政府は、ポーランド人に反乱があればユダヤ人の軍隊に鎮圧させ、ユダヤ人に反乱が起これば、ポーランド人に鎮圧させるという、毒をもって毒を制する政策を取っていた。民族同士が敵視し合い、国としての統一と、国民としての一致団結の精神に欠けていた。

日露戦争と同時にロシアを引き上げた明石大佐は、スウェーデンのストックホルムに行き、バラバラだった反政府活動家を集めて、説得した。資金を与え、ロシアに武器を運び込み、同時に反乱を起こさせた。

奉天会戦では、劣勢の中、旅順を攻略したばかりの野木大将の第3軍が休む間もなく駆けつけ、左翼に回り込むことにより、辛くも勝利した。

この時、明石大佐の工作により2軍団が足止めされており、これが奉天に着いていればロシアが勝っていた。

 

明石大佐は、日本軍の勝利はもちろん目的としていたが、それ以上に、虐げられている民衆を本気で助けようと考えた。終戦後も現地に残って、支援をしようとしていたことからもそれが伺える。

偽りの親切ではなく、本心からの親切、つまり『誠』があったから、バラバラだった人の心を動かし、団結させ、勝利につながったのである。

 

陸軍中野学校は、この明石元二郎大佐を目標にした。

倉庫で埃をかぶっていた明石大佐の報告書を探し出し、教科書とした。

「謀略は『誠』なり」が、陸軍中野学校の理念となった。

 

第2次世界大戦当時、アジアは欧米の植民地とされていた。

『対南方作戦宣伝資料の研究機関』づくりを命ぜられた、藤原岩市大尉は、南方を廻った。英、仏、蘭諸国の植民政策の中に、現地人に対して一片の愛情すらないことを発見した。同じ人間でありながら、白人と現地人の間には天地雲泥の経済的な差があり、人種偏見の越えがたい壁があった。どこの国でも、白人は征服者であり、現地人は奴隷である。白人は、現地人と飲食をともにすることすら絶対にしなかった。

 

鈴木敬司大佐の南機関は、ビルマ独立の志士30人を指導し、海南島で訓練を行った。同じ釜の飯を食べ、同じ寝床で眠り、時には歌を合唱して励ました。

彼らは、ビルマの独立を果たし、軍事政権との批判はあるものの現在のビルマへと続いている。

 

私利私欲のため戦争を始めた日本人もいただろうが、本気で現地人の幸せを願い、命をかけて戦った日本人がいたことも事実だろう。

 

松浦彰夫 拝

数を作れば、1/10000の確率で、良いものも混じっている。1万個のアイデアを出し、そのうちの1番良いアイデアに集中するのがプロ。アマチュアは常識にしばられないので、良いアイデアを持っていることがあるが、1個のアイデアに満足してしまい先に進めない。

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日本人のもうひとつの能力として、左側の想像力という力があります。ものを作るのはクリエイションの方の創造力ですけれども、この左側のイマジネーション の想像力というのは日本人が優れているからこそ、マーケティング理論が世界で一番発達して、実際にいろんなマーケットリサーチをする会社もたくさんありますし、非常に技術的に発達しています。でも、だからこそ人の気持ちは分かるけれど、自分の気持ちが一番分かっていないのが日本人です。自分が本当に何が欲しいのか、自分の会社が何を作るべきかが一番分かっていないのが典型的な日本の企業であり、日本人なんです。

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アマチュアというのは実はすばらしいアイディアを持っていて、それでプロよりも非常にいい思いつきをするんですね。プロというのはものを知っているだけに、 実は一番保守的です。長年同じことをやっているプロというのは、実はアマチュアよりもインスピレーションという意味でははるかにレベルは低いです。ところがなぜプロがプロたる仕事ができるのかというと、アマチュアはたった1枚の企画書、1枚の絵、たった1個のアイディアに満足して先に進まない。プロは最初はろくでもないアイディアが出てきて、なかなか会議でもアイディアが出ない。だけどもそれを100回続けて、100個の中から1個を選ん で、そういっ た人間が予算を取って100人集めて、合計1万個の中から1個のアイディアを出すから、いいものが出るのが決まっているというシステムを作るから、プロはプロたり得るのだと信じます。プロというのはシステムで仕事をする人間である。

これは、得意技(戦闘教義)の作り方にも通じます。

たった1つの長所を確実に使えるように、補給を整え、訓練する。

【再掲】やさしい「戦闘教義」講座 2 戦闘教義の設計 - 想月

まったく新しい戦闘教義を開発し導入しようとするのは画期的なことです。そのためには十分な準備期間と訓練期間が必要になります。長篠合戦で武田騎馬隊を破った織田鉄砲隊は、その時の思いつきで出来たわけではありません。鉄砲を用いた戦闘教義を確立しようと思えば、まずは鉄砲という最新兵器をまとまった数確保しなければなりません。相当量の火薬も必要です。火薬の原料となる硝石はすべて輸入でしたから港町と商人を押さえなければなりません。言うことを聞かせる だけの権力、購入するだけの財力も必要です。そうして準備をして、最新兵器に習熟するよう兵を教育し、組織として機能できるように訓練しなくてはなりませ ん。画期的な戦闘教義は技術革新(イノベーション)が契機になることが多いですが、それを戦闘教義にまで昇華させるには綿密な計画と準備が必要なのです。

全てをナンバーワンにするのは不可能です。それより選択と集中をした方が良い。

ただし、戦闘教義の限界もあります。

1つ目。武田の騎馬隊が織田の鉄砲隊に敗れたように、戦闘教義の世代交代があります。ウオークマンがiPodに変わったのもそうです。戦闘教義が陳腐化しないように、新技術の情報を集めて、場合によれば自己否定までする必要があります。

2つ目。武田の騎馬隊が敗れたので、織田の鉄砲隊を他の戦国大名は真似しました。模倣によるコモディティ化で、長所が少なくなったといえます。それでも織田の場合は、火薬の原料の硝石の輸入ルートの港町と商人、つまり兵站を押さえていたので、他の戦国大名より有利でした。iPodの場合は、iTunesの販路を持っているということで、やはり兵站を押さえてます。

ハードウェアだけでなく、全体像を考えるということになります。

 

松浦彰夫

フジテレビが韓国の放送ばかり流している件について、制作費が安くなるからというのは分からなくもないですが、サブリミナル効果で洗脳をしてくるのは、これはもう許せない。

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これはサッカーの試合ですが、画面をフラッシュしたあとに、韓国の国旗を映し、その下に日本国旗を映した瞬間です。

サブリミナル効果というのは、理解できないほどの一瞬、画像などを見せる事により、潜在意識にメッセージを送り込み、人を操る技術です。本人の意思と関係なく行動してしまうのが危険です。本人に分からないようにしていますので、「嫌なら見なければ良い」という話は成り立ちません。

日本では、サブリミナル効果をテレビで使う事は、禁止されています。禁止されているものをわざわざ使うのですから、フジテレビが悪い事は明白です。

サブリミナル効果 - Wikipedia

サブリミナル効果(サブリミナルこうか)とは、意識と潜在意識の境界領域より下に刺激を与えることで表れるとされている効果のこと。
1957年9月から6週間にわたり、市場調査業者のジェームズ・ヴィカリ(James M. Vicary)は、ニュージャージー州フォートリーの映画館で映画「ピクニック」の上映中に"実験"を行なったとされている。ヴィカリによると、映画が映写されているスクリーンの上に、「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを1/3000秒ずつ5分ごとに繰り返し二重映写(フィルムのフレームを差し替えたと信じている人が多いが誤解である)したところ、コカコーラについては18.1%、ポップコーンについては57.5%の売上の増加がみられたとのことであった。
1995年には日本放送協会(NHK)が、1999年には日本民間放送連盟が、それぞれの番組放送基準でサブリミナル的表現方法を禁止することを明文化した。
2008年7月1日に放送された「博士も知らないニッポンのウラ」の中で、脳機能学者の苫米地英人はサブリミナルは簡単に効く、と断言した。そして、サブリミナルが有効であることが世間に知られると危険だからサブリミナルは効かないとみんなが申し合わせて言っているだけだ、と発言した。

他にも、原爆の日の次の日に、広島の原爆を意味する「little boy」と書いたTシャツを出演者に着せるのも、日本に対する侮辱です。

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Subliminal stimuli フジテレビによるサブリミナル洗脳工作 サッカー日韓戦 - YouTube

 

松浦彰夫 拝

敵と味方を知れば、100回戦っても危険では無い、というのは孫子の言葉です。

現実主義 - 緻密な観察眼に基づき、戦争の様々な様相を区別し、それに対応した記述を行う。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」(謀攻篇)

孫子 (書物) - Wikipedia

何にリスクがあり、何が敵なのか知らなければ、その災いを防ぐ事はできません。見えない攻撃は防げないのです。

〔敵情を人力で先知する〕孫子はいう、およそ軍を興すこと十万、軍を出すこと千里となれば、民衆の費用、公家の出費は、日に千金を費やし、内外騒動して仕事を行うことができない者は、七十万家にものぼる。敵味方が互いに守ること数年で、勝利を一日で争う。しかるに、爵禄百金を惜しんで敵情を知ろうとしない者は、不仁の至りである。人の将ではない。君主の補佐ではない。勝利の主ではない。故に、明主・賢将が軍を動かして人に勝ち、衆に抜きんでた成功をなすのは、あらかじめ敵情を知るからである。あらかじめ知ることは鬼神の加護によってできることではない。多事から類推してできることではない。自然の法則から推理してできることではない。必ず人の力によって敵情を知ることができる。

SEI_TAIKOU'S SITE(『孫子』用間篇)

また、敵情を知るためには、人の力で情報を集める必要があると、孫子は言います。

秋月でも、情報を集める人を情報部員として募集します。

・・・続く

 

松浦彰夫 拝

間接アプローチ戦略

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 間接アプローチ戦略とは、できるだけ損害を少なく戦いに勝つために、ぜひ理解してもらいたい方法論です。物理的な殺し合いをできるだけ避け、情報戦で同盟を作ったり、経済戦で経済封鎖をしたりする戦いです。「名将と呼ばれる人ほど間接アプローチをする」と、教育における革命にも書いてあります。名将と呼ばれたい人は、間接アプローチ戦略をモノにしましょう。

間接アプローチ戦略(かんせつアプローチせんりゃく、英:Indirect approach strategy)とは正面衝突を避け、間接的に相手を無力化・減衰させる戦略をいう。第一次世界大戦後、リデル・ハートによって提唱された。

概要

間接アプローチ戦略は国家戦略においては相手国と正面から武力衝突するのではなく、間接的な手段として同盟国への支援や、シーパワーを駆使した経済封鎖・通商破壊などの間接的な手段を用いて弱体化させ、政治目的を達成しようとする戦略である。軍事戦略レベルにおいては、単に敵の戦力を撃滅するのではなく、後方連絡線や指揮系統の破壊によって敵を無力化する戦略を指す。

戦争の原則

ハートの説く戦争の原則は、6つの積極的側面と2つの消極的側面から構成される。ハートは、これらの原則を絶対的な原則ではなく、経験則であると留保を入れている。

積極的側面

* 目的を手段に適合させよ
* 目的を常に念頭に置け
* 最小予期線を選択せよ
* 最小抵抗線を利用せよ
* 代替目標のある作戦線を選択せよ
* 状況に対する柔軟性のある、計画および配置を心がけよ

消極的側面

* 敵が防御態勢を整えている間は攻撃するな
* 一度失敗した作戦線で再攻撃をするな

間接アプローチ戦略 - Wikipedia

 注意が必要なのは、「目的を手段に適合させよ」という積極的側面の1番目の原則です。表現が分かりにくい。

目的に合わせて手段を考えるのではなく、手段に合わせて目的を考える。

簡単に言うと、「出来もしない事をやろうとするな!」ということです。

  • 戦術や戦略の計算をして、どうやって相手に勝つかトコトン考える。
  • あらゆる状況を考えて、勝てる見込みが高い状況にだけ戦う。
  • 勝ち目が無い場合は、勝ち目がある状況に変化するまで忍耐する。
  • 敵が襲いかかってきたり、 状況が悪化したりするのなら、事前に少しでも有利な状況を作ってから戦う。
  • 敵の戦術や心理を予想して、隙をつき、見えない攻撃をする。

などといったことです。孫子の兵法の計編第一でも、よく考えてから戦えと書いています。

別の効果として、間接アプローチ戦略を考えると、確実に頭が良くなります。まず、人の考えを理解してから行動しようとしますから、コミュニケーションスキルが上がります。心理の隙をつき、見えない攻撃をできるようになるということは、発想を逆転して自分の弱点も分かりますし、敵が自分と味方をどうやって奇襲攻撃するかも分かりますので、対策も立てられます。奇襲を受けても対策があるということは、逆境に強い、リスクを取れるということです。

こういうことができる人は、頭が良いと思いませんか?戦略論というのは思考の型、定跡です。ただ「考えろ」と言われて、「考えろと言われてもどうすりゃいいの?」と途方に暮れるという経験はありませんか?そんなときは思考の型を出発点にして考えると速いです。そんな戦略論の中でも間接アプローチ戦略は効率の良い方法なので、オススメです。

 

松浦彰夫 拝

 

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 イラン軍がイラクの国境のファッカ油田を占拠しましたが、これは第2のベトナム戦争になる可能性があり、その結果、第2のニクソンショックが起こる可能性があります。

 ベトナム戦争の概略は、以下のとおりです。

  1. フランスの植民地のインドシナを旧日本軍が占領
  2. 旧日本軍敗北、空白が生じる
  3. 共産主義勢力が独立宣言
  4. 帰ってきたフランスが南ベトナム政権を樹立、共産主義勢力は北ベトナムになる
  5. 南に駐留するフランス軍が北に攻撃し戦争勃発
  6. フランスが大敗したため、共産主義の拡大を恐れるアメリカが乗り出す
  7. 南はまともな人物が少ないところへ、無理に資金を注入したため、汚職がはびこる
  8. 南は権力闘争が激化し、政権交代の連続で戦争どころではなくなる
  9. 北が民衆の支持を得て多数派になり、南の内部にも内通者続出
  10. 南の統治が不可能になり、アメリカが撤退
  11. 北により統一される

 国家の統治を行なうには陸軍主体となります。陸軍はマンパワーなので、人口が多い方が有利です。

 南ベトナムは特権階級を優遇し、民衆を敵に回したので、少数派になり、多数派の北ベトナムに敗れました。

今のイラクでも、アメリカは特権階級を優遇し、民衆を敵に回したので、少数派になっています。歴史は繰り返しますので、北ベトナムにあたるイランに敗れる可能性が高いです。

イランはイスラム教のシーア派で、イラクもシーア派が多数です。

アメリカは、イラン・イラク戦争ではイランを封じ込めるため、イラクのイスラム教スンニ派のサダム・フセインを支援しました。その後、言う事を聞かなくなったサダム・フセインを排除し、軍隊を駐留しましたが治安が悪化。民衆の支持を失い、財政悪化もあり、順次撤兵する計画です。

 ベトナム戦争と良く似ていますので、イランによるイラクの併合はありうる話です。

 

 ベトナム戦争で、アメリカの経済は軍需産業は大儲けしましたが、他の産業は衰退しました。生産力が落ちたため物不足でインフレになりました。財政悪化に耐えられなくなったアメリカは、ドルと金との交換停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終了と変動為替相場制の開始を宣言しました。ニクソンショックです。

アメリカは1960年代後半から、ベトナム戦争や「偉大な社会」政策による財政赤字によりほぼ完全雇用の状態になり、インフレーションの加速や貿易赤字拡大などもあって、景気は過熱気味であった。

当時の通貨体制は、ドルと金との交換比率を固定し、各国通貨はドルと交換比率を固定することで通貨の裏付けとするブレトン・ウッズ体制下であった。

景気過熱で経常収支が悪化するアメリカは、やがて固定レートを変更しドルを切り下げるであろうと予測された。このため1969年頃から経常黒字国であった日本の円やドイツのマルクに対して投機が殺到するようになった。固定相場制度においては中央銀行が無限の為替を保証するため日本銀行やブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)はドルを買い支えることになった。買い支えるということは、市中に円やマルクが放出されるということになる。マネーサプライが増えるため金利は抑制され、日本やドイツの経済も過熱気味になることになる。

ドイツは、第二次世界大戦前にハイパーインフレーションで経済を疲弊させた記憶があるため、ブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)はインフレーションを親の敵のように扱い未然に防ごうとしていた。

また、日本も高度経済成長末期において巨大プロジェクトが目白押しであったため、アメリカの過剰輸入・資本輸出によるインフレーションは厄介であった。

このため、元凶であるアメリカの過剰財政支出への非難が強まることになる。

ニクソン政権はベトナム戦争と国内雇用維持のために財政支出を必要としており、ジレンマに悩まされた。そのように経済政策へ制約を課しているのは、とりもなおさず固定相場制度を軸にした通貨体制であった。そのためニクソン政権はブレトンウッズ体制放棄を決定した。ドイツはニクソンの発表後、金融政策の独立性が高い変動相場制度へ移行した。

ドル円相場などは一旦ドルが切下げられ固定相場制度が維持されたが、通貨価値保持が優先されなかったドルの売り浴びせは終わらず、ドル円間も変動相場制度へ移行した。

本来、「財政赤字とインフレと貿易赤字」という不均衡を解消する合理的手段は財政赤字の削減である。「財政赤字とデフレと貿易赤字」という組み合わせであれば合理的手段は通貨安である。このときのニクソン政権が取るべきであった政策は、とりもなおさず財政赤字の削減であり、ベトナムからの撤退(ベトナム戦争中)であった。しかし、軍事的地位の保持や、戦後アメリカ経済政策の究極的目標である完全雇用を前にして、ニクソン政権は通貨安という手段をとることになった。

ニクソン・ショックは、その後の1970年代の政策迷走、現代にも残る莫大な貿易赤字という不均衡を生み出すスタート地点となる。

ニクソン・ショック - Wikipedia

イラク撤兵に始まる第2のニクソンショックがどういうものになるかは未定ですが、アメリカが財政赤字を削減できなければ、インフレが起こり、更なるドル安になるでしょう。 

 

松浦彰夫 拝

改革と海軍戦略

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世の中の物事は、人の思い通りにならないものが大半である。人が理想や願望を実現しようとするのならば、思い通りにならない物事をはねのけ、敵対者がいるならばそれに勝つだけの強さが必要である。

戦いにおいて、勝つのは強いからであり、正しいからではない。正しいだけではなく、強くなければならない。

強さは、数と質である。

まず、数について。1人より100人、100人より10000人が強い。1人が100人を殴り倒すのは難しい。

しかし、改革を行なおうとする者は、他の人とは違う発想を持っているからこそ改革者であり、常に少数派から始まる。よって、改革者は少数で多数に勝つ方法、1人で100人に、100人で10000人に勝つ方法で戦う必要がある。それが質の強さである。

少数で多数に勝つのが強さの質とすれば、その質はどう実現するのか。その方法としてさまざまな戦略論が考えだされた。その中に、間接アプローチ戦略海軍戦略がある。

間接アプローチ戦略は国家戦略においては相手国と正面から武力衝突するのではなく、間接的な手段として同盟国への支援や、シーパワーを駆使した経済封鎖・通商破壊などの間接的な手段を用いて弱体化させ、政治目的を達成しようとする戦略である。軍事戦略レベルにおいては、単に敵の戦力を撃滅するのではなく、後方連絡線や指揮系統の破壊によって敵を無力化する戦略を指す。

 戦争の原則
ハートの説く戦争の原則は、6つの積極的側面と2つの消極的側面から構成される。ハートは、これらの原則を絶対的な原則ではなく、経験則であると留保を入れている。

 積極的側面

  • 目的を手段に適合させよ
  • 目的を常に念頭に置け
  • 最小予期線を選択せよ
  • 最小抵抗線を利用せよ
  • 代替目標のある作戦線を選択せよ
  • 状況に対する柔軟性のある、計画および配置を心がけよ

 消極的側面

  • 敵が防御態勢を整えている間は攻撃するな
  • 一度失敗した作戦線で再攻撃をするな

間接アプローチ戦略 - Wikipedia

 

最も原点にたちかえって見ると、海軍国と陸軍国の本質的な違いというのは、(海に面しているかそうでないかというのは当たり前すぎるから論じないことにすると)海軍国の側は相対的に人口が少ないということが決定的要因をなしていた。
つまりその人口の少なさゆえに、大陸の巨大な陸軍国と対等に渡り合うだけの陸軍を編成することができず、その弱点を補うため海軍という別種の武器に自国の国防を委ねたわけである。

海軍戦略入門 NO1

多数派は、正面から衝突すると少数派より強い。しかし、正面から衝突するだけが戦いではない。経済戦や情報戦も存在する。少数派としては経済戦や情報戦をしかけるのが有効である。

経済戦について。人数が多ければ、それだけ多くの人を食わせていかなければいけない。多数派は少数派より多くの資源を必要とする。多数派は少数派より、資源の枯渇に対し弱い。

情報戦について。人数が多ければ意思統一に時間がかかるので、多数派は自己の人員に対し愚民化政策を行い、重要な情報を教えずに都合の良いロボットにしようとすることが多い。よって、多数派は判断力が弱く、変化に応じた行動を取れない人員が多いので、少数派が情報力において勝つ余地がある。

少数者である改革者は、知的な交易路、つまりアカデミズム、知的根拠を押える論理的な海軍を持つことが有効となる。これにたいし、多数者である反対者は、大量生産大量消費の論理的な陸軍を持っている。

 

論理的な海軍が水素文明、陸軍が炭素文明である。

資源を無限に大量に消費できるのならば、炭素文明のままでも問題なかった。しかし、石油枯渇が目前であり、エネルギー資源が急減するならば、炭素文明が本質的に大量生産大量消費であるので、食わせていけない人を大量に抱える事になる。多くが無職になり、国家財政も悪化し保障も受けられない。餓死、発狂、犯罪、自殺が増加する。

これらの解決には、根本的な発想転換が必要となる。その発想転換が水素文明である。水素文明は論理的な海軍なので、海軍の法則、海軍の戦場の掟に従う。

マハンの理論によれば、海軍戦略には三つの重要な原則がある。それらは
①「集中の原則」
②「根拠地の原則」
③「国際政治と不可分の原則」
の三つである。

海軍戦略入門 NO1

 ①「集中の原則」

海軍対陸軍であれば、海軍は少数で陸軍に対応できる。船が無いと海に進めないからである。

しかし、海軍対海軍の場合、数の勝負となる。海上では姿を隠すものがないため、自分が攻撃するときは相手からも攻撃できる。アカデミズムの世界で議論するときも、自分の説を発表し、反論と検証を受け付けなければならない。戦力は、分割するより一カ所に集中するのが有利である。

 ②「根拠地の原則」

 軍艦には、燃料、弾薬、船員、食料、水、修復などが必要であるため、それらを補給できる根拠地が必要である。また、資源の生産地と消費地を結ぶ連絡線であるシーレーンの防衛が必要であるため、シーレーンの側に根拠地が必要である。①「集中の原則」と関係して、根拠地が敵の戦力を分割できる場所にあれば有利である。逆に根拠地が各海域に分割され、それらの連絡が難しい場合、不利である。

③「国際政治と不可分の原則」

海軍は本質的に陸軍を封じ込めるものであるため、陸軍国との国際政治に対応して行動しなくてはならない。①「集中の原則」と関係して、海軍国の中の多数派にならなければ不利になるため、他の海軍国との国際政治も重要である。②「根拠地の原則」と関係して、根拠地を得て、維持するためには、根拠地となる島や港との国際政治も重要である。

 

コミックマーケットの動員は、海軍戦略にそって行動する、訓練と実験になります。

①「集中の原則」にそって、戦力を集中させます。

②「根拠地の原則」にそって、発表する書籍、「ソフトウェアにおける革命」が根拠地となります。

③「国際政治と不可分の原則」にそって、この活動により存在感を示す事により、世界に影響を与えます。

 

松浦彰夫 拝

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