高速増殖炉もんじゅの反対活動をしていた核科学者の久米三四郎が亡くなりました。おくやみを申し上げます。
核化学者として原子力発電所の危険性を訴え続けてきた元大阪大理学部講師の久米三四郎(くめ・さんしろう)さんが8月31日、心不全のため死去した。83歳だった。葬儀は近親者で済ませた。友人らによる「しのぶ会」は11月15日午後2時、京都市南区西九条池ノ内町60の公益社南ブライトホールである。
大阪市出身。大阪大卒業後、89年まで阪大理学部講師を務めた。研究を続ける傍ら、原発推進に慎重な立場から各地で講演を行った。関西電力高浜原発2号機(福井県高浜町)の運転差し止めを求めた民事訴訟(大阪地裁で原告敗訴)では原告団長を務め、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の設置許可の無効確認を求めた行政訴訟(最高裁で原告敗訴)などにかかわり、原告団の理論的支柱となった。
市民団体「原子力発電に反対する福井県民会議」の小木曽美和子事務局長は「全国の反原発運動を支え、亡くなるまで『もんじゅだけは動かしてはいけない』と言い続けていた。遺志を継ぎ運動を継続したい」と話した。
もんじゅは太平洋戦争時の戦艦大和と同じで、1兆6000億円もかかったわりには 、特に何かの役に立つこともない代物です。むしろそれがなければ、その資源と人員を別の生産的な事に使えたはず。
松浦彰夫 拝





